県民投票から1年、いま問われるものとは… 沖縄から本土へ登壇者が投げかけたもの


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 辺野古新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票から24日で1年を迎えた。投票者の7割以上が埋め立てに反対の意思を示したにもかかわらず、政府は埋め立て工事を続けてきた。憲法や民主主義が正しく機能しない政治の状況に国民一人一人がどう向き合うのか。24日、シンポジウム「県民投票から1年―今問われるもの、問うべきもの」(新しい提案実行委員会主催)では、沖縄から本土への問いを発した。

<講演>登壇者発言要旨

安里 長従氏

沖縄と本土 自由に格差/安里長従氏 新しい提案実行委員会責任者

 1990年代前半、政府側に沖縄米海兵隊の本土移設構想があった。高知県西南地域の国有地への移設案だ。地元でも誘致運動が起こったが、共産党の反対運動や自民党議員による利権絡みの妨害で頓挫した。

 小泉政権でも鳩山政権でも普天間飛行場の県外移設が模索されたが、いずれも政治的な理由で頓挫している。本土なら反対の声が上がると計画を止めるのに、沖縄であれば世論が圧倒的に反対でも押し付ける。

 日米両政府高官の発言からも、軍事的な理由はないことが分かる。「本土の理解が得られない」という理由で辺野古が移設先とされている。沖縄と本土で自由に格差があり、差別の問題だ。

 これまで辺野古を移設先に決定したのは閣議決定のみだ。本来は国会で議論して決断しなければならない。県民投票で明確に民意を示しても本土が差別をやめなければ、この問題を解決するのは難しい。

 沖縄県で日米安全保障条約を破棄することはできない。「基地はどこにも要らない」という議論も、本土に基地を引き取る運動も民主主義の正当な手続きを経る必要がある。日本全体の問題として国民全体で議論し決定しなければならない。

武田 真一郎氏

こだわり捨て、再撤回を/武田真一郎氏 成蹊大学法科大学院教授

 徳島市の住民投票で9割が反対し、旧建設省は吉野川の可動堰(ぜき)建設計画を止めた。政党に頼らず市民が一丸となったのが特徴だ。沖縄では長い反基地運動の歴史があり、政治団体、市民団体、行政それぞれに「こだわり」がある。

 徳島では結果を受けて市民が直接、政府と交渉したことも大きかった。沖縄では知事に埋め立て承認の権限があるため頼りすぎた。県民投票の結果を受けて玉城デニー知事が承認を再撤回することを期待していたが実際はしていない。

 すでに承認を撤回していることが理由だろう。確かに何度も繰り返すのは好ましくないが、法的には可能だ。最初の撤回は根拠が弱く、裁判で違法だとされる可能性が高い。その場合、サンゴの採捕や埋め立て計画変更を不許可にしても、裁判を経て許可を余儀なくされ時間稼ぎにとどまるのではないか。埋め立て承認が有効な中ではこれらの申請を不許可とする筋が通りにくいためだ。

 県民投票で示された民意と、より明確になった軟弱地盤を理由に再撤回すれば裁判所は違法と判断できない可能性が高い。

 県民と県内の団体が「こだわり」を捨てて一致し、再撤回を求めることが必要だ。

笹沼 弘志氏

現状打破は国民の責任/笹沼弘志氏 静岡大学教授

 辺野古の埋め立て問題は本来、公有水面埋立法で解決できる。安全保障や外交は全く関係なく、法律が求める埋め立て要件を満たしているかどうかだ。「国土利用上、合理的かどうか」という要件に照らせば、県民の総意を無視して進めていること自体が不合理だ。

 われわれの強い味方は憲法だ。憲法は国民が守るのではなく国民を守るものだ。権力との闘いを応援してくれる。「私の自由を皆で守る約束」だ。そのためには皆のことは皆で決めるという民主主義が必要だ。ただし、人権は皆で決めても奪えない。

 裁判所が違法である場合に、法的に正すことができないのか。できていない現状があり、怖い世の中だ。主権者である国民が登場せざるを得ない。

 沖縄の基地集中は権利を持つこと自体も否定しているような状況だ。日本政府は米軍統治下の沖縄に潜在的な主権はあるが日本国憲法は具体的に適用されないと考えていた。ならば米国の憲法が適用されるべきだが、日本政府は要求しなかった。

 沖縄にいずれの憲法も保障されない状況がつくられた。それが沖縄に基地が集中する現状につながっている。打破するのは国民の責任だ。

<討論>登壇者発言要旨

岸本 洋平氏

政府は民主的手続きを/名護市議 岸本洋平氏

 安全保障の議論は日本国全体の問題のはずだ。名護市議会で可決された意見書は民主的手続きを取って決めてほしいと求めている。国は民主的な手続きで普天間飛行場移設問題に対応すべきだ。県民投票では青年の皆さんが将来に向けて議論をしていこうと立ち上がったことに共感を持った。辺野古新基地建設は特定地域に国の意思決定を強制するものだ。自治体に他国の軍隊を置くことはその地域の自治権が制限されたり、住民生活に大きな影響を与えたりする。事件事故で警察が捜査できなかったり、環境問題などで基地内に調査ができなかったりする問題が出てくるはずだ。辺野古問題には憲法95条を適用させ、新基地建設反対の民意を尊重すべきだ。

新垣 毅氏

沖縄への不正 全国が放置/琉球新報政治部長 新垣毅氏

 2016年の米軍属女性暴行殺人事件を思い出した。当時の翁長知事は「誰が真犯人か明確にしないか」と問うた。県民投票は人権侵害、植民地主義の責任が明確になった役割を果たした側面がある。結論をいうと、主権者である国民に県民投票を無視する政権を選んだ責任がある。立憲主義がないがしろにされていることを県民投票が全国に問うている。沖縄に対する不正の責任を全国が放置している。必ずしも普天間が沖縄でなければならないということではない。本土は自己決定で対米従属を選んでいるが、沖縄はそうではない。そういう政治体制を選んでいるのは国民一人一人だ。県民投票が投げ掛けたのは不正の主体はあなたたちだということだ。

阿部 岳氏

本土に問うこと必要/沖縄タイムス編集委員 阿部岳氏

 問われるものも問うものも本土だ。沖縄から本土の責任を問う連載をしている。ここまで紹介した中では新しい提案や全国での基地引き取り運動がある。県外移設にしろという県内からの声もある。動画投稿サイトでも上がっていたが、普天間基地の一部機能が移るとされる本土の自衛隊基地周辺では意外と絶対嫌という人は多いが圧倒的多数というわけでもない。本土のことを問うていくことが何よりも必要だ。本土の人間が責任を自覚しないと問題は終わらない。辺野古が出てきたのは90年代の話だ。95年のSACO合意の原点は基地負担を国民全体で分かち合うことで日米両政府は危機感があった。高かった志はどこに消えたのかと痛感している。