勤めた小学校の子どもたちへ本をと遺言 元教頭の與那覇さん、図書充実に1000万円寄付


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松川正則宜野湾市長(左から4人目)に目録を手渡す與那覇朝一さん(同3人目)=8月26日、宜野湾市役所

 【宜野湾】病気のため1月に他界した元教員の與那覇澄子さん(享年79)の遺言で、夫の朝一さん(82)=宜野湾市=が8月26日、宜野湾市役所に松川正則市長を訪ね1千万円を寄付した。澄子さんが最後に務めた市立大謝名小学校へ「児童生徒のため図書代として寄付してほしい」と希望していた。図書代の寄付は、澄子さんがかつて赴任していたうるま市立中原小に続き2回目。

 澄子さんは1963年4月から教員として採用され、2000年3月に大謝名小で教頭として定年退職した。親の反対を押し切って琉球大学に入り、入学金や学費などはアルバイト代を充てた。国語教育に熱心で朝一さんに「子どもは宿題を与えられると、図書館に走って行って調べ物をする」とよく話していた。

 一昨年3月に息切れを感じ、病院で血液の細胞に異常が生じる骨髄異形成症候群と診断された。一時回復し夫婦でロシア旅行もしたが、昨年12月に発熱し入院。帰らぬ人となった。

與那覇澄子さん

 朝一さんいわく「意志が強く、涙一滴も出さなかった」澄子さん。病床で紙とペンを求め、勤めた二つの小学校にそれぞれ1千万円を寄付してほしいと希望を書いた。亡くなる直前まで「くよくよしないで」などと朝一さんを励ましたという。死後3カ月はショックが大きかったが、澄子さんの励ましを思い出し、寄付に至った。朝一さんは「本人は天国でほっとすると思う」と一息ついた。

 大謝名小の早田実校長は「澄子先生の遺志と名が形に残るよう文庫を設立したい」との考えを示した。