<再考・那覇軍港移設>下 浦添の豊かな海を分断・汚染 岩礁掘り下げサンゴ破壊 鹿谷法一氏


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那覇軍港の移設先として沖縄県、那覇市、浦添市が合意した付近の海岸。右奥はサンエー浦添西海岸パルコシティ=8月15日

 浦添西海岸のパルコ前にはサンゴ礁に囲まれた、浅い海が広がっている。外洋からは透明で冷たい海水が供給され、白波が立つリーフの沖の深く青い海には、数多くのサンゴが生育する。リーフに続く広い礁原には、暑さに強いキクメイシ類のサンゴが点在する。

 リーフが接する西洲の護岸のすぐ側にも枝サンゴの群落があり、周囲の砂地には海草がしげる。サンゴの枝の隙間には魚も多く、休日には、礁原を歩いて釣りを楽しむ県民の姿が見られる。一方、西海岸道路に近い奥まった場所では、流れが淀(よど)んで海ごみや細かい泥が堆積し、生きたサンゴは見られない。

浦添西海岸のイノー(2010年の空中写真を基に作成)

 海の草原

 リーフと岸の間に広がるイノー(礁池)には、海の草原、海草藻場がある。海草は葉の成長が早く、熱帯雨林を超える生産効率があると言われ、浅瀬の生態系の基盤となっている。海草はジュゴンやウミガメの餌となり、今でもウミガメの食み跡はたくさん見られる。ここはウミガメが泳ぐ海なのだ。カニやエビ、ナマコやウニ、ティラジャーやタコなどの底生生物が暮らし、旧暦の6月1日にスクが寄ってくるのも、この海草藻場である。春には、モズクなどの海藻もたくさん生え、点在する岩場の表面は鮮やかな緑のアーサで覆われる。海草藻場は、生き物が豊かで、人にとっての利用価値も高い。

 さらに、浅いイノーは大潮の満潮でも水深が2メートルほど。それがリーフから岸まで500メートル以上も続くため、外洋の大波もやがて小さくなる。台風時、広い浅瀬は天然の防波堤として島を守っている。
 外洋に面したサンゴ礁、干出する礁原、外洋水が出入りする深い水路、浅いイノーの海草藻場、そして海岸の潮間帯と、カーミージーから西洲に至る幅3キロほどの海域は、多様な自然環境が組み合わさり、その結果として生物多様性が高い海域となっている。この海域の中央を分断する突堤ができるだけでも、流れや波が変わり、自然環境保全区域の海洋環境は大きく変化するだろう。

 崩れるバランス

 隣接する宜野湾マリーナは護岸で囲われ、流れや波の穏やかな海となっている。ここでは、穏やかな水面を好むハブクラゲが大量に発生している。コンクリート壁にはクラゲの幼生が付着しやすい。さらに、藻と一緒に幼生をかじりとる生物は少なく、富栄養化した海水はクラゲの餌となるプランクトンを増殖させる。その結果、ハブクラゲは大発生し、周囲の海に泳ぎ出て、時としてビーチで楽しむ人を刺してしまう。人の営みが自然環境のバランスを崩すことが環境破壊であり、それにより人も影響を受ける。自然と人の暮らしは、必ずどこかで繋(つな)がっている。それが、私たちの暮らす地球の生態系だ。

 海を開発する代償として、埋立地の先に人工ビーチが整備されてきた。白砂のビーチを造るため、沖合の清浄な海底から砂を掘り、それを雨ざらしにして泥を洗い流すことで周囲を汚染しつつ、白くなった砂を海岸に投入して埋め立てる。元々砂の堆積しない場所にビーチを作れば、砂は日々の波で流失し、周囲のサンゴ礁を埋めて行く。台風が来れば、大量の砂が道路や周辺海域に飛散する。資金があれば砂は再度投入されるが、なければ厄介な施設として残る。近年では、毎日流れ着く海ごみの処理に多くの維持費が必要だ。自然海岸に白砂を投入したビーチも含めると、人工ビーチは本島内だけで50カ所を超える。独自の生物相は消え、地域性が失われ、どこも同じ景色だ。

 影響、子孫にも

 軍港やクルーズ岸壁を守るための防波堤が沖にできれば、外洋からの波と冷たい海水は遮られる。流れが緩やかになると、土砂が堆積し、水温も下がりにくい。海草やサンゴの生育にとって、影響は大きいだろう。

鹿谷法一氏

 軍港やクルーズ岸壁を作るには、大型船が入れる深さにリーフの岩礁を掘り下げる必要がある。リーフのサンゴは破壊され、粉となった石灰岩は周囲の海域を白く濁らせる。汚濁防止膜は、1日に2回の干満を繰り返す海水を全て濾過(ろか)する事は不可能だ。濁りはサンゴの生育に必要な光を遮り、泥が堆積すればサンゴを窒息させる。工事終了後に幕が撤去されれば、幕の内側に堆積していた泥は周囲を汚染し始める。

 岸壁ができて数年もすれば、ハブクラゲが増える。港のさらに奥、水の流れが淀む場所には、人工ビーチが作られる。予定地は礁原の深い割れ目に当たり、大量の土砂と砂が投入されて、多くの生物が埋め殺されるだろう。そうしてできた白いビーチも、海ごみに加え、クルーズ船や軍艦からの排水で静かに汚染されるだろう。

 パルコ(parco)とは、イタリア語の「広場」、“囲われた場所”を語源とする。パルコ前の海を、サンゴ礁に囲まれた海として残すか、コンクリートと軍港に囲われた埋立地に変えるか。選ぶのは、有権者のあなただ。人と自然はつながっている。影響を受けるのは、サンゴ礁の生物達と、あなたと、あなたの子孫なのだ。

 しかたに・のりかず 琉大海洋学科卒、東大大学院修了、博士(農学)。広島に生まれ、海に憧れて1981年に沖縄へ。専門はカニなどの甲殻類。しかたに自然案内の調査・研究担当。「海洋学」を共訳。現在、琉球新報Styleに海の生き物動画を連載中。