『海神の島』池上永一さんロングインタビュー② 尖閣のこと、誰も語れない


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 9日発売された『海神(わだつみ)の島』(中央公論新社・2090円)について、池上永一さん(50)に聞くインタビューの2回目。物語では、花城汀(なぎさ)、泉(いずみ)、澪(みお)の3姉妹が日本、米国、中国を巻き込み「海神の秘宝」の争奪戦を繰り広げる。池上さんは、執筆までの裏話や取材の様子などを語ってくれた。(聞き手・宮城久緒)

★ネタバレ注意 (結末部分などネタバレを多く含むので、できれば『海神の島』読了後に読んでください)

尖閣列島の戦時遭難死没者慰霊之碑=2019年7月、石垣市新川
池上永一さん(ホンゴユウジ撮影)

 ■ナショナリズム以外で語れない

 Q:『ヒストリア』は構想20年で執筆に4年かけたということですが、『海神の島』は構想10年ということですか。

 A:10年前に話をしたけど、ずっと忘れていたことを連載前に思い出させてもらっただけ。尖閣がもし有人島だったらそんなに悩まなかった。

 どうして3姉妹が尖閣に行くのかという。やっぱり尖閣の歴史を調べていくと、辛うじて認知されているのは戦時遭難事件。石垣島に慰霊碑がある。だけど、本当に終戦間際の話で石垣島の人でもそれほど知らないんじゃないかな。慰霊碑がある場所も目立たないところで、慰霊碑を見に行く前提で行かないと分からないところにある。結局、尖閣に人がいた歴史を追いかけることができる出来事というのが、戦中の戦時遭難事件ぐらいしかない。これで果たして領有しているといえるのかという。

 沖縄県民で身体性の中に戦時遭難事件がある人ってほとんどいないと思います。まずいないですね。なのに尖閣は自分たちの領土である、と言われる。では、尖閣で起きたことをどれだけ知っているのか、って。自分も調べてみるまでよく分からないことだらけだった。こういう事象が有人島だったら100、200とあるはず。でも尖閣だったらこれぐらいしかないんですよ。その1点だけをもって沖縄のものだとか、日本のものだとか、これはちょっと無理があるよなって。ナショナリズムがなければ、誰も尖閣のことを共有していないんだなと。書きながらだんだん分かるようになってきて、僕にもないんですよね、尖閣の身体性が。沖縄に尖閣諸島を身体性を持って語れる人はいないと思う。ナショナリズム以外で語れないんですよね。尖閣を知らない、というといろいろ放棄している気持ちになるから、言えないだけだと思いますけどね。

 Q:基地の反対運動を若い世代がどう考えていくのか書いているようにも感じました。
 A:今の中高生にあのスタイルでやれといったら嫌がると思う。それは別に意見の違いではなくスタイルが合わない。そこに抵抗感を感じる若い人がいるのは当たり前のことで、自分たちのスタイルで自由にすればいい。自分たちのスタイルで同じメッセージを出せば共感を得られるのではないか。

 新聞記者も日々感じていることだと思うが、現場に行って取材して入稿作業をする。自分で取材したからには新しい視点を入れたいはずだが、その時間がないのだと思う。デスクのチェックもある。だから時間内におさめようとしたら、今までと同じ型に流し込んだ方が確実。古い型に入れた瞬間、記者が見たリアルタイムのものって無くなってしまう。ここは葛藤があるだろうって絶対に思う。読者はそれを見て、いつの話なのか分からない、ってなっちゃう。記者の視点が落ちているから。

 だから新しいことを切り取るのは結構、覚悟がいる。なんか感性が優れているというレベルではなく、常に新しい、今、何を感じているのか、というのを表出するように毎日毎日練習していないといけない。ある日突然ひらめくものでもない。

 割と今、若いウチナーンチュも戦争反対ってみんな思っていると思う。新しい形で出てきてほしいし、出てきた時にそれをたたかないでほしい。老若男女全員がいいと言うスタイルはないので、若い人たちは自分たちの世代に分かる形でやればいい。おじい、おばあはおじい、おばあが分かる形でやればいい。全部一様にせず多様性のあるメッセージの出し方ってあると思う。これが正しいやり方だと押しつけてはいけないと思う。
 

渡具知ビーチ

 ■渡具知ビーチで絶望

 Q:『ヒストリア』ではボリビアに取材したが、尖閣は取材できないですよね。

 A:一応、行けない、っていうのは分かっていた。担当編集者と渡具知ビーチ(沖縄県読谷村)に行って、これを尖閣と見立てようと。ここからやがて尖閣とつながるんだ、っていう決意表明をしたんですが、分からないんですよね。その時点ではまだ一行も書いていないし、まだ花城3姉妹はいないし、タイトルもなかった。渡具知ビーチで缶のオリオンビールを2、3本飲んだ。真っ昼間に。絶望だった。とてもじゃないけど、渡具知ビーチが尖閣につながるなんて思えない。だからなんていうんだろう。僕としては重苦しい気持ちになって、とてもじゃないけど書けるとは思えないわ、って言っていた気がする。

 今年7月にも一人で沖縄に渡って渡具知ビーチに行った。いやあ、できたわ、と言ってまたビール飲んで。できないと思っていたけど、できちゃうもんだなと。良かったというよりもっとしみじみ。渡具知ビーチで始まって渡具知ビーチで終わったなという。納得できるものができたのでまあ、まあ、まあ、満足、満足、満足、満足。次、何するのかは全然分からないけど、一応、『海神の島』はきちんと最後までやったなっていう。毎回こういう感じだ。

 『テンペスト』(2008年、角川書店)の時にも首里城に行って、最後、〝完成したら首里城お礼参りにいくからな〟って言って。ああ、終わったなってなって。書くときは誰にも会わないので、自分がどの現実に立脚しているのか分からなくなってしまうことがある。今回は渡具知ビーチで始まり、渡具知ビーチで終わったんで。次もたぶん同じことをすると思う。

 7月、沖縄に行った後、コロナの第2波になった。一週間遅れていたら行けなかった。でも怪しかったよ。那覇空港はがらがらで。いつもは並ぶレンタカー屋もがらがらで。こんなんで沖縄大丈夫なの、って心配になるくらい。飛行機も350人乗りの機体を予約したはずなのに実際に飛んだのは140人乗り。それでも席が空いている。きな臭くなってきたな、と思いながら東京に帰ってきたら第2波が始まった。沖縄は小説を始める時と終える時に、訪れるところで、とてもいい関係がつくれていると思う。
 

『海神の島』

■地下アイドル、アキバじゃないらしい

 Q:3姉妹の銀座の店や地下アイドルの話も興味深かった。裏側などの取材もされたんですか。

 A:銀座は行ったことがなかったんですよ。銀座のクラブを知らなかったんで、銀座のクラブに詳しい編集者に質問してどんな感じって。偉い作家先生は銀座のクラブに行っていると。でも汀の店のような高級クラブではないらしい。もっと普通の、普通と言っても銀座価格でお高いんだけど、汀の店って超高級クラブだから。だってワイン1本5600万円って。ああいうのは、さすがに超大御所の作家でも行かないと思う。

 地下アイドルについては、地下アイドルの雑誌をつくっている元担当の編集者にどうなのって聞いた。彼としては誤解されたくない感じですごくしゃべるんだけど、誤解されたくない、ということは誤解されるだけのことはあるんだろうね。地下アイドルの闇を教えて、って聞いたら、うちの子たちは違うよって言いながら結構いろいろ話しましたね。風俗の方に軽く傾いているところあるんじゃないかな。

 マネジメントをされているセミプロみたいな子たちもいれば、家出少女の集団みたいな子たちもいる。実際たぶん家出少女だったりするから怖くて聞けない、という話。今の中心は秋葉原じゃなくて歌舞伎町らしい。秋葉原はもう地下アイドルとか、もうからない仕事はやりたくないと。AKB48などを出してブランド化したんですよ。あの歌舞伎町のでたらめな世界と地下アイドルは合うんだ。澪の場合はこれでいいなと思った。澪は元々の設定はAV女優だったんですよ。やり過ぎだと思ったし、あと汀の〝エロ〟とかぶったんで、地下アイドルにして。でも最初の設定のAVはエキスとして入れさせてもらった。

 基地とか尖閣とか平和活動とか、すごくセンシティブな題材を扱っているから。大上段から語るのではなく、ひたすら下世話なことをさせようと。匂うような感じ。だめだよ、こいつら、というような。そうでもしないと、なんか偉そうな口調になっちゃうでしょう。書いた本人は満足かもしれないが、読者からみたらなんで偉そうなこと言っているんだ、ということになっちゃうんで。どれだけ底辺なんだ、こいつらは、というぐらい俗っぽくやっていますよ。俗っぽく書くの好きみたい。

 Q:澪の「骨つぼ」のくだりは笑えました。

 A:骨つぼのところ、あれ笑えるよね。なんか最後は〝わだつみさま〟に行ったから良かったんだけど。とにかく、その場、その場が面白いことが大事で。その場、その場で一生懸命やっていたらうまくいった、というのが正直なところで。ただ面白くしなければいけない、というのがあるので。安パイで書くよりは、やっぱり一番なんか面白いところにいってやると。だから効率は悪いかな。ただ、読者は書いた方の苦労話とかは関係ない。面白ければそれでいいから。どんだけ面白いんだよ、ばかで。と思ってくれればそれでいい。

(最終回「首里城再建、ウチナーンチュの気持ちが希薄」につづく)

最初から読む「3姉妹の声、本当に聞こえるんです」