旭琉会第6次抗争とは…高校生や警官など凶弾に巻き込まれ死亡


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旭琉会第6次抗争による凶弾で高校生が死亡した現場=1990年11月22日、那覇市前島

 1990年、三代目旭琉会(当時)から沖縄旭琉会が分裂する形で内部抗争が発生した。一連の事件では高校生1人、警察官2人を含む7人が抗争の凶弾によって死亡し、13人の負傷者が出た。一般市民を巻き込む抗争は暴力団対策法制定のきっかけになったとされる。県警は抗争警戒のため、県外からの応援捜査員600人を含め最大1470人の捜査員を投入し、220人の暴力団構成員を逮捕した。抗争に用いられた拳銃42丁、手製爆弾などを押収した。92年2月、両旭琉会の代表が抗争の終結宣言を行い、表だった抗争は事実上、終結した。