社会

米軍ヘリ部品落下から3年 「子の命守りたい」保育園で働き始めた女性の切実な願い

子どもたちにとって安全な空を願う城間望さん=1日、宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園

 宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園に米軍機の部品が落下した事故から7日で3年となった。園の上空周辺は現在も米軍機が飛び交い、子どもたちが驚いて体が硬直したり、泣きだしたりする状況が続く。事故当時、次女が園に通っていた園職員の城間望さん(40)=市野嵩=は、事故を境に危険な空を意識し始め「上空を飛ばないでほしい」と訴え続ける。

(金良孝矢)

 野嵩で生まれ育った城間さんは、園の卒園生でもある。お泊まり保育や絵本の読み聞かせ、木々がある園庭で遊んだ楽しい記憶があり、娘2人も通わせるほど「大好き」な場所だ。

 一方、普天間飛行場を離着陸する米軍機の姿は「日常として過ごしてきた」。だが、2017年12月7日の部品落下事故で考えは一変した。事故で園児らに被害はなかったが、基地の危険性が現実に突き付けられた。 「子どもの命に関わることに直面し、親として考えさせられた」と振り返る。

 米軍に対し「一回落下があると、次は何が落ちてくるか分からない。訴えることは訴えよう」と決めた。保護者らで話し合い、園上空の飛行禁止を求める署名活動を展開した。「チーム緑ヶ丘1207」も立ち上げ、さまざまな場で情報を発信する。「子どもの命を守る目線でやろうと思ったら楽になった」という。事故後は園に「自作自演だ」と心ない誹謗(ひぼう)中傷の電話や、インターネット上のコメントが相次いだ。悲しい気持ちになり、涙があふれた。

 昨年4月からは、園で働き始めた。これまで外回りの営業として働いていたが、日中園内にいることで、子どもたちが米軍機の騒音にさらされている現実に改めて気付かされた。騒音が発生するたび「園児全員の耳をふさいであげたいが、一人しかふさぐことができない」ともどかしさを感じる。米軍機が飛び去るのを願うばかりだ。

 3年が経過しても事故の真相は解明されていない。米軍機の飛行は激しくなっていると感じ、いら立ちや不安が高まる。 母親として、園職員として「明日にでもすぐに解決してほしい」と訴え、子どもたちにとって安全安心な空を願い続ける。



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