菅政権の終焉と沖縄 今こそ自己決定権強化を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 3日、菅義偉首相が今月29日に投開票が行われる自民党総裁選挙に立候補しないと表明した。これで菅政権は事実上の終焉(しゅうえん)を迎えた。菅政権が崩壊した理由は三つあると思う。

 第1は、菅氏が自身の派閥を持っていないことだ。菅氏には、政局が厳しくなったときに生死を共にする仲間がいなかった。

 第2は、菅氏は官僚を信用しなかったことだ。菅氏は政治家や民間人とは頻繁に会って、意見交換をしていた。ただし、民間人の場合も官僚出身者以外を信用する傾向が強かった。官僚や官僚出身の民間人は、役所の組織的利害を反映した情報しか提供しないという先入観を持っていたので、霞が関(中央省府)が持つ政治情報を十分に活用することができなかった。

 第3は、菅氏自身に自らの手で命懸けで解決したい政治課題がなかったからだ。確かに菅氏はコロナ対策に全力を挙げて取り組んだ。菅氏以外の人が首相であったとしても、コロナ対策が飛躍的に改善したとは思えない。しかし、コロナ対策以外に内政か外交かで、歴史に名前を残したいと思うような課題があれば、ぎりぎりのところで気力がなえるような状態にはならなかったと思う。

 次期首相が誰になろうと、日本の政治は現在よりも混乱することになると思う。この状況に最も衝撃を受けているのが野党だ。衆議院解散、自民党幹部人事での菅首相のジグザグによって、国民には菅政権に対する忌避反応が生じ始めていた。これを最大限に利用すれば、与野党伯仲に近い状況を作り出すことができた。しかし、首相交代で自民党が新しい顔で総選挙に臨むことで、それが難しくなってきた。

 重要なのは菅政権の終焉が沖縄にどのような影響を与えるかだ。菅氏は「沖縄通」であると自認していた。歴代自民党政権の沖縄に配慮すると言った政治家と共通しているが経済的に沖縄を支援すれば、基地を受け入れさせることは可能であると考えていた。

 翁長雄志前知事が強調した沖縄人の「魂の飢餓感」が皮膚感覚として理解できなかった。沖縄が中央政府から少しでも多く経済的利益を得るための方便くらいに思っていたのだと思う。もっとも日本のほとんどの野党にしても、権力の座に近づくために辺野古新基地建設の凍結や反対を述べているに過ぎない。

 この政治家たちの大多数が民主党政権時代に辺野古新基地建設を推進したことを考えれば、信用できない。日本共産党は本気で辺野古新基地建設に反対しているが、それは日本革命への道筋を整えるためで、この党が日本人による沖縄人に対する構造的差別を認めない点では、自民党や公明党よりも同化主義的だ。

 沖縄の未来は沖縄人の手によって開いていくという自己決定権を強化していく以外の道はないと筆者は考える。日本の政治エリート(国会議員、官僚)が沖縄の民意に寄り添って辺野古新基地建設を撤回することはない。ただし、軟弱地盤の埋め立ては技術的に不可能であるため、この基地建設を断念し、県内に別の基地を求めていく可能性はある。

 辺野古新基地建設は「菅案件」だった。菅氏のくびきが離れることで、事態が大きく変化する可能性もある。このとき日本人の思惑によって沖縄社会が今以上に分断されないようにすることが、「祖国」である沖縄を愛する沖縄人全てにとっての最重要課題と思う。

(作家・元外務省主任分析官)