山梨は「辺野古と無縁じゃない」 沖縄の復帰50年で企画展 戦後進駐の海兵隊、沖縄移転の経緯語る


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復帰50年をテーマに鐘ヶ江晴彦さん(中央奥)が辺野古の新基地建設問題などで講演した=17日、山梨県甲府市、山梨平和ミュージアム

 【甲府】「本土復帰50年 今、沖縄は」をテーマにした展示会が、甲府市内の山梨平和ミュージアムで開催されている。17日には専修大学名誉教授の鐘ヶ江晴彦さんが講演した。鐘ヶ江さんは沖縄の米軍基地の経緯に触れ「山梨などへ戦後に進駐した米海兵隊が、地元の反対運動で基地を自由に使えなくなったためシュワブ、ハンセンなどに移った経緯もあり、山梨も決して無縁ではない」と述べ、新基地建設を傍観できる立場にないことを話した。

 鐘ヶ江さんは、新基地建設が進む名護市辺野古に2004年から約1年、実際に市民らと座り込んで社会学の立場から研究した。「前辺野古浜テントメンバー」を自称する。学者という第三者視点からではなく、自らも反対者の立場に身を置き「参与観察」という方法で研究してきた。過去には実際に「警官からごぼう抜きされた体験もある」と話し、辺野古の新基地問題にも取り組んだ。

 鐘ヶ江さんは市民の反対運動で低迷した新基地建設が、06年の政府の新沿岸案で岐路を迎えたことに言及。「シュワブ内に資材を持ち込み、建設できるようになったことで、阻止行動がされにくくなった」と政府の狡猾(こうかつ)な回避策を語った。

 その後も軟弱地盤という欠陥が露呈しつつ、政府が建設強行する経緯から、「埋め立てできた範囲の短い滑走路で、自衛隊の水陸機動団も常駐して琉球弧の要となる新基地として使う可能性はある。ということは普天間も返還されない可能性もある」と述べ、新基地の未完を名目に日米政府が繰り出しかねない奇策の可能性を示唆した。

 山梨平和ミュージアムでは本土復帰の展示会を8月末まで開催する。15枚のパネルや山梨日日新聞の連載資料、沖縄関連書籍などを展示している。詳しくは(電話)055(235)5659。
 (斎藤学)