芸能・文化

<書評>『ジョン万次郎 琉球上陸物語』 琉球人との交流 生き生きと

『ジョン万次郎 琉球上陸物語』なかみや梁著 冨山房インターナショナル・2200円

 歴史で人気の時代といえば、明治維新。パンデミック、そしてグローバル社会の閉塞(へいそく)感からか、近代の作品が目立つように思う。われわれはどこかで道を間違えてきたのではないかと。“日本の資本主義の父”といわれる、渋沢栄一のドラマでパリ万博(1867年)に、「LIOU―KIOU」と看板に掲げた薩摩があった。崩壊直前の幕府とは別の出展、あたかも別の国のように振る舞う。看板は琉球の方が欧州では名が知られた国だったからだ。明治維新の始まりは、黒船ペリーが浦賀に現れるところがおなじみだが、その1月半前に琉球に来航していることはよく知られたことだ。本書は、それからさらに2年さかのぼる。ジョン万次郎と伝蔵、その弟の五右衛門が、1851年摩文仁は小渡海岸(現在の大渡海岸)に、舟を着けて上陸し、その後薩摩に渡るまでの物語だ。

 私は常々、先に書いた理由で、明治維新に琉球が果たした役割をもっと取り上げてほしいと思っている。そこにジョン万次郎は外せない。しかし万次郎の話のほとんどは、土佐~アメリカ、少し琉球で、あとは帰国以降の活躍ばかり。沖縄で語られる足跡は、ビーチの名前と、万次郎が飛び越えたという、ヒンプンが滞在していた高安家に残されていることくらい。本書は国宝『尚家文書』にある「土佐人漂着日記」から、滞在中の万次郎らを丹念に洗い出し、琉球王府の取り調べなども細かく描いている。丁寧に取り調べ、薩摩在番や幕府に神経を使う場面はリアリティーを持って読めた。そして外部から見られぬようチニブで家を取り囲み、徹底して外部との交流を禁じていた。琉球の待遇はよかったが、好奇心旺盛なジョンマンは、こうした生活に我慢ができず、「ヒンプンを飛び越えて」散歩に出かけていたのだった。

 史料では不明な点を埋めるように、琉球の人々とのやりとりで生き生きと描かれる。例えば、琉球と薩摩で異なる万次郎が持ち込んだ書籍の冊数。白坊主なる謎の人物記述をうまく取り込みつつ話を進める。琉球と日本の未来を手探りで模索する、琉球の役人板良敷との交流も爽やかだ。

 (賀数仁然・琉球歴史研究家)


 なかみや・りょう 1949年沖縄生まれ、南涛文学会元会員。同人誌南涛文学に「落城」「平敷屋朝敏物語」など掲載。第39回琉球新報短編小説賞佳作、第46回新沖縄文学賞受賞。



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