太平橋か、擁壁発見 首里平良町、王朝時代の石積み残る


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那覇市の発掘調査で出土した琉球王朝時代の「太平橋」とみられる遺構=2日、那覇市首里平良町

 那覇市文化財課が首里平良町の平良橋周辺で行っている埋蔵文化財発掘調査で、琉球王朝時代の1597年に整備された「太平橋」(=平良橋)の擁壁とみられる遺構が見つかった。橋本体は沖縄戦で日本軍によって破壊されており、出土したのは橋に付随した道路部分の石積み。王朝時代の石積み技術の高さをあらためてうかがい知ることができる。

 「太平橋」は1597年、尚寧(しょうねい)王が首里から浦添グスクに至る交通の要衝を整備した際、板橋だった平良橋を石橋に改修した橋。沖縄戦時の1945年に米軍侵攻を阻むため日本軍が爆破。戦後はやや上流に粟石製の橋を架け、66年に現在のコンクリート製の平良橋となった。
 2012年、安謝川改修前の市の試掘で遺構が見つかり、15年6月末から川を挟んだ南北2カ所で調査が行われている。
 市文化財課の担当者によると石積みは、石を多角形に加工し、互いにかみ合うように積む「相方積み」で積まれている。相方積みは同時期に整備された安波茶橋などでも見られる。
 沖縄戦で焼失したとみられる近代の家屋跡と隣接した井戸も出土している。
 市は14、15の2日間、現地で中学生以上を対象とした説明会を開く。午前10時と午後2時の2回実施し、1回の定員は30人。9日から受け付け開始。問い合わせは同課(電話)098(917)3501。(久場安志)