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島武己さんを悼む 幸地光男 磨いた陶器「第三の世界」


島武己さんを悼む 幸地光男 磨いた陶器「第三の世界」 島武己さん=2011年
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 南蛮焼きに磨きを取り入れた陶芸家は島さんが初めてだと思う。「土の宝石」と言っていた。釉薬(ゆうやく)は使わず、いったん焼成した作品を砥石(といし)と細かなサンドペーパーで磨きあげる。螺鈿(らでん)の手法に似ている。

 南蛮焼きというと赤土の色をイメージするだろうが、島さんの作品は紫や朱色など豊かな色彩がある。陶器とは信じがたい磁器のような光沢を放ち磁器でも陶器でもない“第三の世界”を切り開いた。

 古里本部で小学生の時に、夏休みの工作で石を削ってシーサーを作った。それは、素晴らしい出来映えで、先生から褒められたと、同級生から聞いた。「秀(ひい)ですぎて、普通の手じゃない」と言われていたという。

 中学を卒業すると、すぐに壺屋へ行き陶芸の世界に入る。土作りの名人といわれていた。壺屋では、小橋川永昌氏や濱田庄司氏ら偉大な先人の指導も受けた。土を探して中城村に20年余り、最後は故郷の本部町に戻り、作陶を続けた。

 飲むと楽しくて、豪快な人だった。最近は大作ではなく、日用品を作っていた。「俺も年をとった」とこぼしていた。もっとたくさん作品を作ってほしかった。これほどの才能は二度と現れないと思う。亡くなられて残念でならない。

(南蛮焼き研究会元会員、談)

島武己さんの作品