「軍政に兄は殺された」 沖縄系女性「アルゼンチンの史実知って」 記録映画4日最終上映


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軍政下で殺害された兄オラシオさんとの思い出を語る具志堅アメリアさん=那覇市内

 冷戦期の南米アルゼンチンで左派を激しく弾圧した軍事政権(1976~83年)下で、反体制派と見なされた多くの市民が拉致され、秘密裏に殺害された。犠牲者は約3万人に上るとされ、うち13人の沖縄県系人も含まれていた。

 その1人が具志堅オラシオさん。妹のアメリアさん(59)=那覇市=は、家族の苦悩を描いたドキュメンタリー映画「沈黙は破られた」(2015年、パブロ・モヤノ監督)で初めて公に兄のことを語った。映画は4日、南風原町の南風原文化センターで上映される。

 映画は11月に西原町で、12月に名護市で上映された。県内最後の上映を前にアメリアさんは「権力による殺害が起き、その後も言えない環境がつくられた。起きたことを知り、考えてほしい」と語った。

アルゼンチン軍事政権下の17人の日系失踪者(下段左から3人目が具志堅アメリアさんの兄のオラシオさん、家族会提供)

 首都ブエノスアイレス近郊で生まれ育った県系2世のアメリアさんの1歳違いの兄、オラシオさんは1978年、21歳の時に行方不明になった。食器製造工場などで工員として働きながら労働運動に携わっていた。残された家族は「死んだという選択肢を取りたくなかった」。

 軍政が終わった後も「外国で生きているのではないか」と願い続けたが、オラシオさんは2004年、墓地に埋葬されていた遺骨のDNA鑑定で死亡が確認された。遺骨を確認したアメリアさんは、頭蓋骨の後ろに銃弾で撃たれたような二つの穴があるのを見た。「自分には何の得もないのに『貧しく困っている人たちを助けたい』との思いが強かった兄のことを誇りに思うし尊敬する」と語る。

 冷戦期、中南米では左派の政治運動が盛り上がりを見せた。共産主義の広がりに危機感を覚えた米国は中南米の国々に介入し、軍政を支援。アルゼンチン軍政下でも左翼ゲリラ掃討を名目にした弾圧が行われた。弾圧されたのは学生や労働者たち。多くが10代後半から30代の若者たちだった。

 早稲田大学専任講師の石田智恵さんは「拉致の基準は、ゲリラ活動はおろか、反政府的な政治活動への参加度合いや有無すら関係なかった」と指摘する。当時の背景について「軍政は行方不明者を大量につくり出すことで社会全体を恐怖によって沈黙させた。市民らは見て見ぬふりをすることが最も安全な態度だった」と説明する。

 現地の家族の苦しみは、今も続いている。行方不明者の遺骨が見つかったのは、日系人17人のうち2人。いまだ行方が分からない人が多い。

 アルゼンチンの陰の歴史に焦点を当てた今回の映画を通じ、アメリアさんは「起きた事実をなかったことにせず、繰り返さないために知って考えてほしい」と語った。映画の上映は4日、南風原文化センターで午前10時から行われる。入場無料。(中村万里子)