社会

民主主義とは何かー 5日間、計105時間に及ぶハンガーストライキで元山仁士郎さんが訴えたかったこと

ハンガー・ストライキを行うことを宣言したボードを持って決意を示す元山仁士郞さん=15日、宜野湾市役所前

ハンガー・ストライキ初日、請願署名に応じる人に応対する元山仁士郞さん=15日、宜野湾市役所

 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の埋め立て賛否を問う県民投票を巡り、投票事務を拒否している5市長に参加を求めるため、「辺野古」県民投票の会代表の元山仁士郎さん(27)が実施したハンガーストライキは15~19日の5日間、計105時間に及んだ。

 その間、多くのメディアの取材を受けた元山さんは県民投票の全県実施以外にもさまざまな問いを県民や国民全体に投げ掛けた。民主主義とは何か、基地問題を巡る県民の分断をどう乗り越えるか、基地問題は日本全体の問題ではないのか―。

 元山さんの言葉から、5日間を振り返る。 (長嶺真輝)


マイクを手に県民投票の全県実施を訴える元山仁士郎さん=15日、宜野湾市役所前

■民主主義の根幹

 連日、繰り返し訴えたことは「民主主義とは何か」という問いだった。

 「2019年の民主主義国家と言われている日本、沖縄において、住民の口をふさぐという行為があり得ていいのか。投票権を奪うのは人権侵害だ」

 ハンストと並行して市役所前で集めた、5市長に投票事務の実施を求める請願書には辺野古移設に賛成の人も署名した。

 「『自分は埋め立てに賛成だけど、投票権を奪うのはおかしい』と言って署名する方もいた。県民投票に疑問を持ってる人も白票を投じたり、投票に行かないということもできる。そういう全部の声を投票で選ばれた市長が奪うことにものすごく違和感を感じる」

 終戦から23年が経過した米統治下の1968年、自治権獲得を求める長い住民運動の末、主席公選が実施された沖縄。元山さんは「沖縄は(主席公選の)投票権を50年前にようやく勝ち取った。それを今、沖縄の市長たちが取り上げるというのはすごく皮肉なことだと思う」と語り、繰り返し5市長に翻意を促した。


ハンガー・ストライキをしている元山仁士郎さん(右)を訪ね、インタビューするウーマンラッシュアワーの村本大輔さん=16日午前、宜野湾市役所前

■民意の明確化

 そもそも、なぜ県民投票が必要と考えるのか。元山さんは琉球新報が昨年4月に実施したインタビューで「新基地反対の民意は既に選挙で示されていると主張されているが、15年に出された福岡高裁那覇支部の判決は辺野古新基地建設に対する民意は選挙からは明らかでないと指摘している」と説明した。

 その上で単一の争点で投票をすることで、辺野古埋め立ての賛否に対する民意を明確化する必要性を訴えている。

 またハンスト2日目の16日午前、元山さんにインタビューをするため、市役所を訪れたお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔さんの質問に対し、こう答えた。

 「やっぱり沖縄のことは沖縄人たちで決めたい。みんなで決めたなら、賛成でも反対でも自分は納得できると思う」

 「県全体で一つの結論を出して、終止符を打つ。賛成なら移設の工事が進んでいく。一方で反対ならもう辺野古に基地は造らせない。日本全体で他の方法を考えるべきだ」


ハンガー・ストライキ3日目。血圧を測定する元山仁士郎さん=17日、宜野湾市役所前

■分断を乗り越える

 米軍普天間飛行場に近い宜野湾市野嵩出身の元山さん。

「小学校低学年までは飛行機に向かって『うるさい』と叫んでいたが、高学年になると見向きもしなくなり、感覚がまひしていった」と言う。

 しかし東京の大学に進学し、基地や騒音の無い場所に住んで初めて基地が集中する沖縄の異常さに気付いた。それを機に自ら沖縄の歴史や基地問題、民主主義の在り方を学んだ。選挙で示された民意に反して進む辺野古の移設工事、基地問題を巡り深まる県民同士の対立や分断。その分断を乗り越えようと、たどり着いた答えが県民投票だった。

 ハンスト中、元山さんには署名に来た人やツイッターへの書き込みで「非暴力の訴え、胸に刺さります」「応援してます。民主主義が守られますように」など激励する声が多く寄せられた一方で、ツイッターでは「ただの目立ちたがり屋」など批判的な意見も書き込まれた。

 市役所前には連日右翼団体が車両で乗り付け「市民の迷惑なんだよ」などと罵声を浴びせる場面も多かった。

 それでも元山さんは「多くの県民が話をして、調べて、考えて、納得のいく一票を入れてほしい。その過程をしっかり経れば、今の対立や分断は必ず乗り越えられる」と信じる。

「辺野古の基地建設とか、普天間基地をどうするかとか、将来自分の子どもや孫から絶対聞かれると思う。その時、自分の言葉で何をしたか話したい。できることはしたい」と語った。


ハンガー・ストライキ3日目の夜。記者団の取材に応じる元山仁士郎さん=17日、宜野湾市役所前

■沖縄とハンスト

 元山さんに「なぜハンストという手段を選んだのか」と問うと、こんな答えが返ってきた。

「沖縄の歴史をひもとくと、県民は権利や土地、暮らしを守るためにハンガーストライキで権限を勝ち取ってきた」

 マハトマ・ガンジーの断食に由来する非暴力の抵抗であるハンスト。

 現代ではなかなか聞き慣れない言葉だが、米統治下の27年間を含む沖縄の戦後史とは、深い関わりがある。

 沖縄戦後初の大規模労働争議として知られる1952年の日本道路社ストライキでは、抗議の手段として既にハンストが用いられていた。

 50年代以降、軍用地の長期使用のための地料一括払いなどを勧告した56年のプライス勧告に端を発した「島ぐるみ土地闘争」や教職員の政治行為を禁じた「教公二法阻止闘争」など、米統治下における自治権拡大を求める運動、そして祖国復帰運動と長い抵抗の歴史が続く。

 近年でも2013年に普天間飛行場へ垂直離着陸輸送機MV22オスプレイがに強行配備された際も市民がハンストに取り組んだ。


ハンガー・ストライキ4日目。元山仁士郎さんを激励しながら請願署名に続々訪れる人たち=18日、宜野湾市役所前

■日本の問題

 期間中、元山さんは基地問題について「日本の問題」との発信も続けていた。

 19日夕、記者団による最後の囲み取材で県外の地方紙記者から向けられた「本土の人たちに訴えたいことは」との問いに「沖縄の歴史を考えると日本の責任も大きく問いたい。

 本土からなされた海兵隊の移転とか、米軍基地を巡る沖縄の不条理な現状とか、そういうことが積もりに積もって沖縄が県民投票でどうにかまとまれないかと模索している。どこに向けてまとまるかというと、それは東京であり、日本だ。私がハンストをしている理由や沖縄の歴史をぜひ知っていただきたい」と訴えた。

 沖縄で生まれた27歳の若者が、戦後74年がたち、「平成」の時代が終わろうとする今、なぜ過酷なハンストをするに至ったのか。全国紙や県外の地方紙、全国ネットのテレビ局、ネットメディアなどでも報じられた元山さんの「言葉」。

 全国の人たちはどう受け取るのだろうか。


署名に訪れた人から激励を受ける元山仁士郎代表=19日午前、宜野湾市役所前

【元山さんがハンガーストライキを行うまでの経緯】

 県民投票の会は昨年5月23日から7月23日の2ヶ月間をかけ、県内全市町村で県民投票の実施を求める署名活動を行った。

 有効署名数で9万2848筆(総署名数10万950筆)を得た。この数字は、条例の直接請求に必要な有権者の5分の1の約4倍に上る。

 同会はこの署名を根拠に県へ条例制定を請求し、県議会は昨年10月26日に条例を可決した。今年2月14日に告示、24日に投開票されることになった。 


ハンガー・ストライキ5日目。終える決意をした元山仁士郎さん=19日、宜野湾市役所前

 しかし宜野湾、沖縄、うるま、石垣、宮古の5市長が「賛成、反対の2択では民意が反映されない」「結果次第で普天間飛行場の固定化が懸念される」「5億5千万円の予算をかけるなら、他に使い道はある」などの理由を挙げ、県条例で市町村の実施が定められた投票事務を拒否した。

 現状では有権者の約3割が投票できない可能性が高い。

 その動きを受け、元山さんは5市長に県民投票への参加を求めるため、自身が住所を置く宜野湾市の役所前で15日午前8時からハンガーストライキを開始した。



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