芸能・文化

『戦禍の記憶』 戦争と歴史の陰影写す

『戦禍の記憶』大石芳野著 クレヴィス・2700円

 本書の写真は見る人の心を刺し、照らす強い光となって逆行する。実体験の相違もあるが、光は人々の歴史の痕跡と記憶を呼び覚ます。本書の内容を圧縮した言葉があるので引く。「真実はいつまでも覆い隠すことはできない。20世紀は[戦争の世紀]であった。しかし21世紀を迎えてもなお、世界のどこかでひとときも収まることなく続き、絶えることがない。戦争の悲惨な傷痕に今なお苦しむ声なき民に向かいあい、平和の尊さを問いつづける大石芳野。約40年にわたり、戦争の犠牲となった人々を取材し、いつまでも消えない戦禍の傷にレンズを向けた作品160点収録」

 大石の時代に関わる姿勢が示されている。活動の集大成的な意味あいも込められているかもしれない、濃密な内容だ。1章がメコンの嘆き、ベトナム、カンボジア、ラオス。2章が民族・宗派・宗教の対立、アフガニスタン、コソボ、スーダン、ホロコースト。3章がアジア・太平洋戦争の残像、731部隊、広島、長崎、沖縄。写真は現地での取材が原則で、著者は何度となくそれらの地域を訪ねている。収録された写真を見ると人々の表情に戦争の歴史の陰影を漂わせているが、レンズに向き合う個人の表情は、写す人と写される人との信頼の積み重ねを感じさせる。

 本書の紹介は、特別寄稿として収録された2人の文章と、あとがきに触れるだけで任を果たせる。保阪正康は、大石の業績を現代史の流れと写真芸術の思想性を正確に位置づけた文章ではなかろうかと感じる。藤原聡は、戦闘の現場でシャッターを切ることがいかなる意味をもつのか、収録の写真の背景を示唆してくれるであろう。著者の文章は写真の表現・表情・雰囲気と同じく、奥行きの深さを実感させる。

 1984年、伊江島での遺骨収集の写真は私の祖母の一族に関するもので、私自身、本部半島の伊豆味の山中を彷徨(ほうこう)する。最後は、今帰仁の長浜の海岸の壕で米軍の黒人兵に逮捕された戦時を思い出した。戦後の沖縄は、静かな戦場でしかないのか。

 (我部政男・名桜大学客員教授)

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 おおいし・よしの 写真家。土門拳賞、エーボン女性大賞、JCJ賞などを受賞。著作に「沖縄に活きる」「沖縄 若夏の記憶」「HIROSHIMA 半世紀の肖像」など。

 

戦禍の記憶
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