「命ある限り語るのが使命」沖縄戦の語り部、安里要江さん98歳で引退 次世代にバトン


この記事を書いた人 大森 茂夫
語り部として最後の講話を終え、生徒らと談笑する安里要江さん=16日、北中城村の喜舎場公民館

 【北中城】沖縄県内最高齢の沖縄戦の語り部で、映画「GAMA 月桃の花」のモデルにもなった安里要江(としえ)さん(98)が体調不良を理由に語り部の活動を終えることを決めた。16日、北中城村の喜舎場公民館で最後の講話が開かれた。安里さんは修学旅行で沖縄を訪れた生徒らに「命ある限り語るのが私の使命だった。二度と悲惨な戦争が起きないよう、みなさんも後世に伝えていってほしい」と話し、若い世代にバトンを託した。

 安里さんは、1981年に「全国働く婦人の集い」の講演会に参加したことをきっかけに語り部の活動を始めた。

 沖縄戦で夫と2人の子ども、親族11人を失った自身の体験を語り、これまで約40年間にわたって戦争の悲惨さを訴えてきた。

 全国から依頼が舞い込み県外に招かれることも多く、北海道から九州まで足を運んだ。1日3件の講演をこなしたこともあった。近年は体調を考慮し、支援者らが活動に区切りをつけることを検討。回数も減らしていたが安里さんが継続を強く希望してきた。

 16日は、20年以上前から修学旅行時に安里さんの講話を旅程に入れている大阪府の意岐部中の生徒らが、講話を聞いた。

 安里さんの支援を長年続ける松永光雄さん(65)が安里さんの体験を生徒らに説明。安里さんは、時折マイクを握り「絶対に戦争が二度と起こらないようにしたい」と力強く繰り返した。

 生徒らがお礼の言葉を述べると「呼ばれたら、またいつでも飛んでいくよ」と笑った。

 話を聞いた鈴村空さん(14)は「今まで勉強してきたことや今日聞いた話を後輩にも伝えていきたい」と語った。岸本裕衣さん(14)は「私たち一人一人が平和のためにできることを考えて、努力していこうと思った」と話した。
 (新垣若菜)