有料

<こちら特報部 東京新聞提供>医師 患者 「修復的対話」を精神医療にも 対等の立場で お互いの思い伝え合う


<こちら特報部 東京新聞提供>医師 患者 「修復的対話」を精神医療にも 対等の立場で お互いの思い伝え合う 修復的司法をテーマにした公演「対話」の一場面。それぞれの葛藤を乗り越えようとする心情が表現された=撮影・古元道広、劇団俳優座提供
この記事を書いた人 Avatar photo 外部執筆者

 対立する相手との関係を乗り越えたい時、あなたならどうしますか。解決手法の一つが、対等な立場で思いを伝え合う「修復的対話」だ。司法現場で先行して採り入れられてきたが、精神医療の場にも広げたいと模索する女性がいる。女性はかつて医療保護入院で精神科に入院し、隔離による心の傷を負った。葛藤を乗り越えた先へ―。新たな関係を築けるか注目される。 (木原育子)

夫が自殺→姉の同意で医療保護入院→隔離室出ようとしたら身体拘束

「見ている景色の乖離 埋める橋渡ししたい」

 「怒りや哀(かな)しみをぶつけても問題解決にはならない…お互いの対話を通して、相手に見えていないものを伝えあうことで、私がこれまで受けてきた傷を少しでも回復できる」

 関東圏で暮らす女性がしたためた手紙の一部だ。どんな手紙なら、自分を担当した精神科医が対等な対話の場についてくれるか、試行錯誤を続けている。

 訴状などによると、女性が医療保護入院したのは10年ほど前。1週間前に夫が自殺し、警察への対応や手続きに追われていた。

 「少し休んだら」。そう助言する姉に、病院に連れて行かれた。医療保護入院は本人の意思にかかわらず、家族らの同意で入院させることができる。

 女性が医師から入院について説明を受けた記憶はない。姉の同意に基づく入院だった。後に取り寄せたカルテで、姉が医師に対し「(女性は)感情爆発が起きて、30分叫びっぱなし」などと女性の記憶に反する内容を伝えていたことが分かった。

 女性は事情がわからないまま隔離室に入れられ、外からカギをかけられた。夫の葬儀に出たかったため、看護師がドアを開けた瞬間に部屋を出ようとしたが、これが「興奮著明」とされ身体拘束を受けた。

 入院中は投薬で眠らされ、意識がない時期もあった。2カ月後に退院し、銀行口座を見て驚愕(きょうがく)した。夫の死亡保険金を含む3千万円余りの預金が引き出されていたからだ。通帳が入ったバッグもなくなっていた。

 弁護士を通じて銀行に照会すると、母が女性の長女を連れて銀行に。本人の委任状がないのに、母は長女を代理人として取引させ、女性の預金の大部分を自身の口座に送金させていた。

 女性は預金を取り戻すため全国銀行協会にあっせんを申し立てたが不調に終わり、2019年に銀行を提訴。「たった一度の強制入院で人生めちゃくちゃになった」と女性は憤る。

 一方で「なぜ医療保護入院と判断したのか」と考えるように。「私のことを私抜きで決められ、トラウマを抱えてしまった」

 今年に入り「修復的対話」を知った。対等に話し合うスタンスに「これだ」と膝を打った。「裁判で預金は返ったとしても、本当の被害回復にはならない」

 担当医に気持ちを伝えるため、女性は手紙を書くことを決めた。推敲(すいこう)のため、今秋からは精神疾患の当事者や精神科医、薬剤師ら十数人で月に1度、オンライン会議を開いてきた。見守ってきた深谷太一弁護士は「自ら勉強し、精神医療を変えたいという女性のエネルギーが支援の輪を広げてきた。担当医との対話が、新たな人生の一歩を踏み出す機会になる」と話す。

 女性は入院前、看護師として働いていた。「患者さんを精神的にケアできることがやりがいだった。恨んでいても状況は変わらない。医師と当事者が理解し合えるように、医療従事者として橋渡しをしていきたい」と今後を思い描く。

 手紙はこう続く。「医師が考え見ている景色と、患者が感じ見ている景色はかなり乖離(かいり)がある。乖離を埋めるには対話が大切。医療の質の向上や患者の権利を守ることもできると思う」


家族 被害者 加害者 司法の場では実践

新たに「心情伝達制度」 対話始まりやすく

 そもそも修復的対話とは何か。熊本大の石原明子准教授(紛争解決学)は「誰かと誰かの間で傷つくことや悲劇が起きた時に、関係者が力を合わせて向き合い、二度と悲劇が起こらない未来をともに創っていくプロセスだ」と説く。

 この対話はもともと、米国などの司法現場で、加害者や被害者、それぞれの家族などが話し合いを通し、被害者の救済や加害者の更生を推進する仕組みとして開始されたという。日本では修復的司法(修復的正義)という名で広がった。

 実践してきた団体もある。NPO法人「対話の会」(千葉県松戸市)副理事長の鴨下智法弁護士は「日本の刑事司法は国が被告へ刑罰をかける形で、被害者の本当の思いが省かれてきた。犯罪立証に必要な部分しか証拠として表に出ず、民事でも金銭賠償が原則のため、多くの被害者はいつも満たされない思いを抱えてきた」と語る。

 今月からは改正刑法に基づき、犯罪被害者や遺族の心情を、専門の担当官が聞き取り、受刑者や少年院の入所者に伝える心情伝達制度が始まった。鴨下弁護士は「対話が始まりやすくなり、プラスに働くだろう」と期待する。「被害者も知りたいことを知り、加害者も被害者の思いを知って、それぞれが一歩を踏み出すことにつなげてほしい」と願う。

 今年2月には劇団俳優座(東京都港区)が「対話」を上演した。娘を殺された家族と殺した家族の修復的対話がテーマだ。娘の父親役を演じた斉藤淳さん(48)は「対話は遺族にとって、深いところで抱えた傷をダイレクトにぶつけられる機会になる。思いをぶつけると、憎しみだけでなく、自分の話を真剣に聞き、向き合ってくれる空間であることに気付く。最後のせりふに『何かが、軽くなったね』とあるが、その言葉に修復的対話の可能性を感じた」と話す。

 前出の石原准教授によると、世界では修復的対話が、日本と比べて幅広い場面で活用されているという。「学校などの教育現場や、家族や医療現場での傷つきや葛藤、内戦後の和解…。日本でも刑事司法の対話というイメージを払拭し、可能性を広げてほしい」と語る。

 2011~12年に修復的対話の第一人者である米国のハワード・ゼア教授の下で、研究を重ねた石原准教授。精神医療の現場に修復的対話を取り入れたいとの試みについて、「拘束や隔離で傷ついた経験に、患者や医療者がともに向き合うことで、より良い医療を作っていくチャンス。医療者が心に壁を作っていると対話は難しい。痛みに向き合う作業は大変だが、双方で前に進んでほしい」と背中を押す。

 実際、そういった手紙が届いたら、精神科医はどう受け止めるか。

 精神障害者の地域生活をサポートしているたかぎクリニック(京都市)の高木俊介院長は「頭ごなしに怒ったり無視する医師もいるだろう。多くの医師にとって隔離したり、身体拘束したりすることは『本当はこんなことしたくないが…』と自身を正当化しながらやっている。その正当化が通じず、本心を見つめてほしいと促されるのは、受け入れられない人もいるだろう」とみる。

 一方で「感情と感情のぶつかり合いを乗り越えて、一緒に悩む道を拓(ひら)いていくことができたら理想的で、日本の精神医療に風穴をあける可能性がある」と続ける。「今はアリがゾウに向かっていくような状況かもしれないが、誇りをもって医療側の心の扉をノックし続けてほしい。社会も人ごととせず、見守りの輪を広げていくべきだ」

 (毎週月曜日掲載)

<デスクメモ>

 ガザの死者が2万人を超えたという。ハマスの攻撃に対するイスラエルの過剰な報復。対話の欠如が非人間的な事態を呼び起こし得ることを物語る。閉じ込め、抑えつけ、排除を図る。それは国家間でも個人間でも根本的な解決策ではない。対等な対話の必要性を改めて考えたい。 (北)