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<こちら特報部 東京新聞提供>学ぶ機会失った経験 心に刻む コロナで東大留年訴訟 大学と1年の闘い 杉浦蒼大さん、胸中語る


<こちら特報部 東京新聞提供>学ぶ機会失った経験 心に刻む コロナで東大留年訴訟 大学と1年の闘い 杉浦蒼大さん、胸中語る 「声を上げず、泣き寝入りしたら、一生後悔すると思った」と語る杉浦蒼大さん=東京都千代田区で
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 2022年、新型コロナ感染で欠席した必修科目の単位が不認定になり、留年となった東大生の話を「こちら特報部」は報じた。東大生は留年などの処分の撤回を求め、大学を提訴した。その後、最高裁まで争った末、敗訴に。1年間の遠回りは覆せなかった。だが、大学との闘いを選んだ判断に「一片の悔いもない」という。現在に至る胸の内を聞いた。 (北川成史)

最高裁で敗訴… 「一片の悔いなし」 SNSで中傷も

 「簡単な道ではなかったが、大学と対峙(たいじ)してよかったと素直に思う」。東大生の杉浦蒼大(そうた)さん(21)は振り返る。

 杉浦さんは名古屋市出身。有名私立校の灘中・高(神戸市)から、国内大学最難関の東大理科3類(医学部)に現役合格した。順風に見えたコースの途上、思わぬつまずきに直面した。

 医学部進学前に所属する教養学部の2年生だった22年5月、コロナで重症になった。自宅療養中、2度欠席した必修科目が不可に。救済措置は認められず、留年が決まった。

 一連の経緯について、こちら特報部が報道した3日後の8月4日、杉浦さんは友人や教養学部の学生自治会長とともに、記者会見に踏み切った。

 会見の少し前、教養学部はコロナに感染した学生が定期試験を受けられなかった場合の代替措置を廃止していた。「自分への対応に納得できなかっただけでなく、学生に寄り添わない東大の姿勢に問題があると感じた」

 「将来を棒に振る」という周りの意見もあって悩んだが、会見では実名と顔を出した。「声を上げるなら、覚悟を持って、正々堂々とやるべきだと決断した」

 一大決心に対し、東大の反応は歩み寄りに程遠かった。翌日、ウェブサイトに掲載した反論文書で成績評価は正当だと強調。杉浦さんの症状を「重篤であったとは認めがたい」と断じた。杉浦さんは今も憤る。「診断書と異なる大学の見解が事実のように広がり、交流サイト(SNS)で『うそつき』と中傷を受けた」

 同月19日、杉浦さんは東大を相手取り、留年処分の撤回などを求めて提訴。サイトに出した文書で詐病扱いされ、精神的苦痛を被ったなどとして、100万円の損害賠償も請求した。

 「訴訟が思った方向に進まず、提訴から2、3カ月は疲弊していた」と杉浦さんは明かす。

 東大側は留年は成績評価の結果で、処分ではないため、訴訟は不適当だと主張した。東京地裁は9月、東大の主張に沿い、杉浦さんの訴えを却下した。「なぜ不可になる点数が付いたのかなど中身の議論に入らず、法律論に終始した」

一人一人に 寄り添える医者に 1年間の回り道は無駄じゃなかった

2023年4月、福島県立医大の研究に従事する杉浦さん=本人提供

 思うに任せぬ状況で、支えになったのは友人や先輩からの励ましだった。アカデミックハラスメントを受けたという他の東大生からは、実名で争う姿に「勇気をいただいた」というメールをもらった。杉浦さんは「救われた気がした。矢面に立って活動した意義を感じた」とかみしめる。

 留年が決まり、時間的余裕は増えた。福島県に赴き、東京電力福島第1原発事故後、地域医療支援を続ける坪倉正治・同県立医大主任教授の研究に参加した。

 また、オンライン診療に取り組むクリニックを手伝ったのを機に、医薬品を患者宅に配送する会社を友人の医学生らと設立した。

 自分の問題とは別の活動に携わったことも、心の落ち着きを徐々に取り戻す一助になった。だが、留年の処分撤回を求める訴訟自体は順調にいかなかった。

 東京地裁の却下後、杉浦さんは控訴した。東京高裁は昨年1月、控訴審判決で、地裁判決を破棄し、審理を地裁に差し戻した。

 「今度は中身の議論を」と望んだが、地裁は再び却下した。改めて控訴したものの、高裁は差し戻し後の地裁判決を支持。9月、最高裁が杉浦さんの上告を退け、敗訴が確定した。裁判所は東大の対応の妥当性の判断に踏み込まなかった。

 提訴から1年余り。その間、杉浦さんは不可となった必修科目の単位を取り直した。今年4月に3年生となり医学部に進む。東大の反論文書を巡る損害賠償請求や侮辱罪での刑事告訴など、結論が出ていない訴えがあるとはいえ、留年は既成事実化した。

 「大きな挫折」と杉浦さんは表現する。一方で「期待した結果を得られなくても、正しいと思ってやったことは、後悔しないと分かった」と力を込める。

 一学生の立場で巨大な権威に立ち向かった。「いろいろな方の助けに感謝している」と話す。「『人間は損得勘定で動くものかな』というぼんやりした認識があったけれど、いざ行動を起こすとそうでもなかった。僕の主張した思いや社会的大義に共感した人たちがいた。それも学びだった」

大学との対話 今も実現せず

 東大の対応を受け入れたわけではない。杉浦さんは一貫して対話を求めてきたが、実現していない。

 こちら特報部は東大教養学部に対話の意向などを尋ねたが「現在も係争中につき回答は差し控える」という簡単なコメントだった。

 杉浦さんは「関知する限り、東大の学生への向き合い方に変化はない」と残念さをにじませ、望む。「上からルールを当てはめ、はみ出た少数の者を救済しないのではなく、一人一人の学生の立場を考慮し、血の通った教育がなされる場であってほしい」

 今後、医師への道を歩む。「コロナに感染した結果、1年間学ぶ機会を失った。だからこそ、病気になって機会損失し、悔しい思いをしている患者に、少しは寄り添えるのではないか。そうした医者になりたい」

 杉浦さんは自分の経験を踏まえ、未来を見つめる。「患者一人一人に人生がある。画一的にルールを当てはめるのは全くもって間違いだ。その意識が緩めば患者への配慮が失われる。自戒を込め、心に刻みたい」

 そして、1年の回り道について、きっぱり言った。

 「決して無駄じゃなかった」


異議申し立て後に成績下方修正 意識朦朧で欠席、単位不可に

 東大生は入学後、教養学部に所属し、2年生の春学期までの成績を基に、3年生以降の専門学部に進む。杉浦さんは2年生の春学期だった22年5月にコロナに感染。高熱で意識が朦朧(もうろう)とし、呼吸困難に見舞われた。1人暮らしの部屋で1週間以上、苦しんだという。

 この間、必修科目「基礎生命科学実験」を2度欠席した。症状が少し和らいでから担当教員に連絡したが、連絡期限の超過を理由に補講は1回分しか認められず、単位は不可になった。

 杉浦さんは他の必要な単位を取得していたが、この科目の不可だけで医学部に進めず、留年になる。重い症状で連絡が遅れた事情を説明し、救済措置を求めたが、担当教員は応じず、診断書の受け取りも拒んだ。さらに異議申し立て後、成績が17点下方修正された。

 東大の対応は不当で合理的な説明がないとして、杉浦さんは同年8月に記者会見を開き、留年などの処分の撤回を求めて提訴した(敗訴)。また、東大がウェブサイトに掲載した反論文書を巡り、損害賠償を求め提訴したほか、侮辱罪で警視庁に刑事告訴している。


<デスクメモ>

 国内最高峰の大学とは思えぬ、無思慮で不合理な東大当局の対応。だが、このばかげた権威主義に敢然と「NO」を突きつけ、留年の1年を視野を広げる学びに充てて無駄にしなかった杉浦さんの姿に、多くの人が勇気づけられ希望を見いだすことだろう。それがせめてもの救いだ。(歩)