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<記者コラム>諧調は偽りなり 安里洋輔(暮らし報道グループ警察・司法班)


<記者コラム>諧調は偽りなり 安里洋輔(暮らし報道グループ警察・司法班)
この記事を書いた人 Avatar photo 安里 洋輔

 「間違いないです」。法廷で被告がそう言うと、傍らの弁護士が目を丸くした。司法担当として取材した刑事事件の公判での一幕である。起訴状の内容についての「罪状認否」が行われた時のこと。公訴事実を認めるかどうかは今後の弁護方針にも関わる。弁護士の慌てた様子と「罪状認否は留保する」と〝軌道修正〟を図った点から察するに、事前の打ち合わせでは想定していなかった「自認」だったのだろう。張り詰めた法廷の空気が、発せさせた一言だったのかもしれない。

 東京・永田町で政治の現場を回っていた時も似た光景に出くわした。名護市長との面談を終えた官房長官に質問した場面。「官邸の番人」はおなじみの機械的で単調な口調で、名護市辺野古のキャンプシュワブで建設が進む米軍基地のことを「辺野古新基地」と言った。政府側の「新基地」の位置づけはあくまで「普天間飛行場の代替施設」。答弁は従来の政府方針と明らかに異なる。記者が突っ込むと、法廷で弁護士が見せたのと同じ表情を浮かべた。その翌日、答弁内容は修正されたが、今でもふと思い返すことがある。あの時思わず発したあの言葉こそが、本音だったのかもしれない、と。

 作家の瀬戸内寂聴さんの著作に、大正期の無政府主義者、大杉栄と伊藤野枝の伝記「諧調は偽りなり」がある。予定調和が崩れた瞬間に立ち会う度、この名著の題名が脳裏に浮かぶ。