過去最多の候補者9人による自民党総裁選がスタートした。「ポスト岸田」候補は混戦から抜け出そうと独自色の打ち出しに躍起だ。しかし岸田文雄首相が退陣する引き金となった派閥裏金事件の「けじめ」に踏み込む発言は少なく、「政治とカネ」に厳しい目を向ける世論との乖離(かいり)は大きい。改革の本気度には疑問が残り、15日間の選挙戦を通じた信頼回復は遠い。(1面に関連)
慎重
「真っ先にやらねばならないのは、国民に信頼してもらえる自民党に生まれ変わることだ」。12日午後、党本部8階ホール。所見発表演説会のトップバッターに立った高市早苗経済安全保障担当相は強調。だが訴えた改革は、党資金の公平分配と使途をチェックできる仕組みの導入だった。
続く8候補も、未解明の部分が多い裏金事件の再調査や関係議員の処遇に触れずに終わった。出馬表明の際、選挙での非公認の可能性に言及し、波紋を呼んだ石破茂元幹事長は、防衛力強化に多くの時間を費やした。
演説会後、9人はそろって民放番組に出演した。裏金議員への対応を問われると、小林鷹之前経済安保相は「処分をひっくり返すと党のガバナンス(組織統治)上、問題が出てくる」と述べた。上川陽子外相は「大事なのはコンプライアンス(法令順守)の確保だ」と指摘した。
加藤勝信元官房長官や河野太郎デジタル相は、裏金相当額の国庫返納を提唱したが、処分見直しには慎重だった。
不快感
4月の共同通信世論調査では、裏金議員の処分に関し「軽い」との回答が65・5%。8月の緊急調査では、首相の退陣表明が「自民党の信頼回復のきっかけにはならない」との回答が78・0%に上り、根強い国民の不信感が浮き彫りになった。
こうした世論を意識しているのか、小泉進次郎元環境相や茂木敏充幹事長は、使途が不明朗だった政策活動費の廃止を持ち出した。
党執行部の一人は、特に幹事長として多額の政策活動費を受領していた茂木氏の発言に「自分が使い終われば後は知らないということか」と不快感を示す。
何より政策活動費の廃止は、立憲民主党が先の通常国会で政治資金規正法改正の本丸に掲げていた項目だ。総裁選を狙ったかのような言動に、閣僚経験者は「今更言われても、国民から本気度を見透かされるだけ」と首をひねった。
厚顔無恥
12日の演説会や民放番組では、岸田政権で決めた防衛力強化のための「防衛増税」に異論が出た。火付け役の茂木氏は「税収アップと経済成長によって増税ゼロは可能だ」と重ねて主張。これに高市氏が「同じ考えだ」とすかさず賛同した。
首相を支える林芳正官房長官は7日、マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせたマイナ保険証への一本化を巡り、現行の保険証廃止期限の見直しを検討する意向を示した。11日には軌道修正したものの、ちゃぶ台返しのような発言が政権幹部から続く展開に、首相は「一体、彼らはいつの間に宗旨変えしたのか」と憤まんやる方ない様子だという。
独自カラーを前面に出せば政権の方針から逸脱する。とはいえ単なる路線踏襲では刷新感に欠け、党員・党友を合わせた「地方票」をつかめない。肝心の裏金事件で踏み込み過ぎても国会議員票が離れる恐れがある―。
内向き志向がのぞく総裁選を横目に、立民の泉健太代表は「『立憲自民党』と言ってもいいぐらい、われわれのまねごとが続いている。厚顔無恥だ」と皮肉を浴びせた。