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奇妙なスパイ事件 中西氏帰国の方策を<佐藤優のウチナー評論>


奇妙なスパイ事件 中西氏帰国の方策を<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 ロシアの同盟国ベラルーシで日本絡みの奇妙なスパイ事件が発生した。ベラルーシで7月に拘束された中西雅敏氏に関する特別番組が今月5日、ベラルーシ国営テレビで放送された。「東京からの“サムライ”の失敗」と題する番組を筆者も注意深く視聴した。中西氏は、流暢(りゅうちょう)ではないが、十分に意思疎通が出来る正確なロシア語を話す。手錠をかけられ、顔にモザイク処理もなされずに「犯行現場」を引き回され、証言させられる様子は痛々しかった。この番組で興味深い内容は以下の通りだ。

 〈ベラルーシの歴史上初めて日本のスパイが摘発された。スパイは、「マサ」という偽名で東京に情報を送っていた。ベラルーシ当局によって拘束された日本人は、「ナカニシ・マサトシ」と自称する人物で、ベラルーシから出国するところを当局に拘束された。「私の行動はベラルーシの安全を脅かしたかもしれない」と彼は述べ、日本の諜報(ちょうほう)員がどのように情報収集活動を行っていたかについて供述した。押収されたノート型パソコンには、ナカニシが日本の国家公安委員会に渡すための情報が入っていた。(中略)ナカニシは、法学部出身だが、自らを起業家と位置づけている。実際、彼はベラルーシで「ベル日本インターナショナル」というペーパーカンパニーを開いたが、6年間、利益もなく、取引も1件もなかった。「ウクライナの国境付近で撮った橋や鉄道の写真は、米国やウクライナが攻撃に使う可能性があった。ベラルーシの領土にミサイル攻撃を仕掛けることもできたと思う。米国と日本は非常に密接な関係がある。私は悪いことをした。後悔している」と日本のスパイは述べた〉

 警察庁は閑(ひま)ではない。素人を用いて、「少年探偵団」のようなスパイごっこをしたりしない。しかし、ベラルーシ当局もまったく何もないところから事件を創り出すこともないと筆者は見ている。この番組では、ミンスクの日本大使館で勤務している外交官の名前が出ていた。恐らく、中西氏がこの外交官と定期的に接触し、意見交換していたことを、ベラルーシ当局がスパイ活動と認定したのではないかと思う。

 スパイ容疑者を摘発した場合、旧ソ連KGBの伝統を継ぐ防諜機関(ベラルーシKGBもその一つ)は、被疑者を徹底的に尋問するとともに裏付け調査を行い事実関係を把握する。その上で、二つの方策について考える。

 第1は、容疑者を寝返らせて二重スパイにすることだ。その場合、スパイとして摘発した事実については公表しない。

 第2は、容疑者を二重スパイにしても利益が期待できないと判断した場合だ。そうなると事件を公表し、見せしめ裁判にかける。この場合は防諜機関ではなくプロパガンダ(宣伝)部局が担当する。見せしめ裁判において、事件の真相が何であったかは関係ない。まず、容疑者に宣伝部局が作成した供述調書への署名を求める。「こんな嘘(うそ)話には付き合いきれない」と言って、署名を拒否しても意味がない。ボールペンを握る力が残っているうちに供述調書に署名した方がいい。さもないと心身に深刻な障害が残る可能性がある。当局は、物理力を行使してでも、署名させるからだ。

 中西氏が有罪判決を言い渡されることは確実だ。判決確定後、ベラルーシ政府が中西氏を国外追放処分にするという形で、日本に帰国させる方策を外務省は真剣に考えるべきだ。

(作家、元外務省主任分析官)