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沖縄の心 母が育てた自己意識<佐藤優のウチナー評論>


沖縄の心 母が育てた自己意識<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 アバター画像 琉球新報社

 このコラムをまとめた「佐藤優のウチナー評論2」の出版を記念した講演会が15日に那覇市の琉球新報ホールで行われた。講演のタイトルは「私はウチナー評論の連載を通じて何を学んできたか」とした。

 〈佐藤氏はコラムについて「権力があるものの沈黙は構造的差別を強化する。今の日本政府のおかしさをしっかり書いてきた。同時に日本政府が何を考えているのか沖縄に伝えてもいる」と説明した。/(中略)大国の力関係や国際情勢に左右されてきた沖縄県民が自らを守る手だてとして、積極的に地域外交を展開すべきだと強調した。沖縄の政治状況について「党派的には対立しても、沖縄を本当に割らないためにはどうしたら良いかを分かっている優れた政治家がいる」と役割に期待した〉(16日、琉球新報電子版)。

 沖縄の過去、現在、未来を真剣に考える聴衆の前で、筆者は自分の考えを腹いっぱい話すことができた。また、フロアとの間でも有意義な質疑応答が行われた。質問をしてくださった皆さんに深く感謝申し上げる。

 質疑応答で印象に残ったのは、今年3月まで「ウチナー評論」を担当してくださった新垣毅氏(琉球新報地域読者局次長)からの「佐藤さんにとって、沖縄の心とは何ですか」という問いかけだった。

 筆者は、「母です。母の佐藤安枝(旧姓上江洲)です」と答えた。

 心とは、実に不思議な存在だ。どこに存在するか、具体的に指し示すことはできないが、確実に存在する。心は決して従順ではない。筆者が外交官時代に東京の外務本省の訓令に基づいて、モスクワで情報収集やロビー活動を展開しているときに、筆者の心から「こういうことをしていていいのか。お前がすべきことは別のことじゃないか」という声が聞こえて来ることが何度かあった。そういうときに筆者は必ず心の声に従うことにしていた。

 筆者は沖縄で長期間暮らしたことがない。今も東京に在住し、沖縄は生活の基盤になっていない。しかし、筆者の自己意識は日本系沖縄人なのである。日本と沖縄の利害が決定的に対立したときには、筆者は沖縄の側を選択する。それは理屈や計算の問題でない。物心が付く前から「優君はウチナーンチュ(沖縄人)なんだから」と母から言われて育った筆者の深層心理に、沖縄人性が埋め込まれているからだ。

 だから筆者には究極的状況に置かれたときに自分の心が「俺は沖縄人だ。沖縄のために生きる」と叫ぶことが分かっている。筆者は海のない埼玉県大宮市(現さいたま市北区)で育った。しかし、筆者の子ども時代の心象風景には、青い海と珊瑚(さんご)礁のリーフ、そしてクジラの家族が潮を吹いて泳いでいる姿が浮かぶ。母から何度も何度も聞かされた久米島の西銘から見た海のある風景だ。沖縄戦での母の記憶も筆者には身体化している。筆者は沖縄の心を母を通して知ったのだ。

 現在、衆議院議員選挙運動が活発に行われている。候補者には沖縄人もいれば、日本人もいる。沖縄人の候補者は、自らの沖縄の心に忠実に活動を行ってほしい。日本人の候補者には、沖縄の心を理解する努力をしてほしい。

 有権者の皆さんは、自らの良心に照らして、代表となるに最もふさわしい人を選んでほしい。沖縄人有権者にとって、それは沖縄の心を体現した人になると思う。

(作家、元外務省主任分析官)