(34)うちなぁぐち/「方言」ではない

 今回で最終回になる。今迄(なままでぃ)、「読(ゆ)でぃうたびみそーち(読んでくださいまして)」御拝(にふぇー)でーびる。
 最後は、私がうちなぁぐちにこだわる理由について書いてみたい。

 こう書いたが、理由とは何ぞや? と考えた結論が、「私はうちなぁを愛している」ということだった。だからこそ、この島で使われる言語「うちなぁぐち」を愛しているとも言えるのだ。
 愛しているからこそ「うちなぁぐち」は、「方言」ではないと言いたくなる。
 「方言」とは辞典に「同一言語の下位区分」とある。要するに、「共通語」に対して「方言」は劣っているということなのだ。うちなぁぐちを、「おきなわ方言」と呼ぶのは、日本語より下だと言うことで、私は「方言」と呼ぶのはおかしいと思う。これからは「うちなぁぐち(日本語では、おきなわ語)」と呼んでいきたいものだ。
 ちなみに、「沖縄」という漢字を使わず「うちなぁ」、もしくは「おきなわ」と表記するのには理由がある。実は、この「沖縄」という漢字は、薩摩がつけたものなのだ。私は、この事実を知り驚いた。
 また、うちなぁぐちを愛しているからこそ、うちなぁぐちを使う環境も深く考えてしまう。
 戦前の写真などに見られる、赤瓦や茅葺(かやぶ)きの木造の家々が立ち並ぶ素晴らしい光景、そういう環境でうちなぁぐちを使えたらと思う。
 私には、うちなぁの島全体を赤瓦や茅葺きの木造家にしたいという大きな夢がある。
 最後になるが、愛しているからこそ「うちなぁぐち」の歴史もきちんと学校教育で教えてほしいと思う。
 1609年の薩摩による侵略以来、400年間、うちなぁはずっと支配され続けてきて現在にいたる。そういう悲しい歴史の事実も、もっと教えるべきだろう。
 しかし、だからと言って日本から独立するとか、「うちなぁ国」を作るという考え方には私は賛成できない。それよりも、「うちなぁぐち」を愛する人ならば、人種・民族を問わず入れる「うちなぁ文化圏」というものを作りたい。
(ラジオ沖縄「民謡の花束『光龍ぬピリンパラン日曜日』」パーソナリティー)