社会

県内に枯れ葉剤を貯蔵 1972年 米領に撤去

 沖縄が日本に復帰した1972年まで、ドラム缶2万5千個分に上る「オレンジ剤」と呼ばれる枯れ葉剤が県内に貯蔵されていたことが7日、分かった。米陸軍化学物質庁(CMA)が2003年に作成した報告書に明記されていたことが判明した。

沖縄に貯蔵された除草剤の種類が「オレンジ剤」であることや、貯蔵数量を明示した資料が米軍関連機関から見つかったのは初めて。沖縄での枯れ葉剤貯蔵・使用を「記録がない」と否定してきた米政府や、それを理由に独自調査を拒んできた日本政府の姿勢にも影響を与えそうだ。
 文書の存在は7日付の英字紙ジャパンタイムズで、同問題を調査し続けてきたジャーナリストのジョン・ミッチェル氏が明らかにした。文書名は「ジョンストン島の生態アセスメント」と題した報告書。
 報告書は、ベトナムから沖縄に持ち込み、貯蔵していた「オレンジ剤」と呼ばれる枯れ葉剤について、知花弾薬庫に貯蔵されていた毒ガスを米領ジョンストン島に運んだ「レッドハット作戦(毒ガス移送)」翌年の1972年に、米空軍が同じジョンストン島へ運び出したと説明している。
 ジョンストン島の北西にある「レッドハットエリア」と呼ばれる貯蔵地域で枯れ葉剤113トンが土に漏れ出たことも明らかにしている。
 持ち運ばれた年代や枯れ葉剤が漏れ出た場所の名前からも、沖縄からジョンストン島への枯れ葉剤の移動は、レッドハット作戦と関連付けた作業で行われた可能性が示唆されている。09年の米退役軍人省の文書には「レッドハット作戦に関する記録では、69年8月から72年3月の間に、沖縄で除草剤が貯蔵され、後に処分された」と記されており、枯れ葉剤との関連性が指摘されていた。
 報告書によると、ジョンストン島に持ち運ばれた枯れ葉剤は、77年にオランダ船「バルカヌス」の上で、海上で焼却処分された。
 沖縄の枯れ葉剤問題をめぐっては、北部訓練場での散布による退役軍人の健康被害を米退役軍人省が認定したことが07年に明らかになった。11年には退役米軍人ら100人以上が沖縄駐留時代に枯れ葉剤と接触し健康被害を受けたとして、米政府に被害認定を求めた。退役軍人や基地従業員の健康、基地の跡地利用への影響も懸念され、基地所在市町村などが日米政府に真相究明を求めている。(島袋良太)

英文へ→U.S. military storage of Agent Orange in Okinawa