『選ばれた島』 ハンセン病者の苦難越える尊い生


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『選ばれた島』青木恵哉著、佐久川まさみ編 いのちのことば社・3000円+税

 書名の「選ばれた島」とは、名護市の北、屋我地島である。その島の北端に、ハンセン病を病んだ人たちは安住の地を求め、苦難を経て思いを果たした。青木恵哉著「選ばれた島」が描くのは、沖縄のハンセン病者らの受苦と、療養施設の設立に向けて青木ら病者が払った努力の歴史である。

 20世紀、日本においてハンセン病者は偏見と差別の中にあった。熊本県にあるハンセン病者のための療養施設「回春病院」に身を寄せていた青木恵哉は、院主ハンナ・リデルの命を受け、キリスト教伝道と病者の救済のために沖縄にやってくる。この地の偏見と差別の中で苦難に耐えて事をなすその姿は、気高く、多くの読者の感動を呼ぶ。
 しかし、この書の意味はこれに尽きるものではない。ここには、生きることの意味についての大きな転換がある。「病む」ことは劣ったことではなく、また、「病む人」は劣った人格ではない。苦難に耐えて生きる優れた人格である。それはまた、彼らが、苦難を乗り越えることができる尊い人格として、神から「選ばれた人たち」でもあったことを意味する。
 青木恵哉自身の手による私家版「選ばれた島」の出版が1958年。この私家版に含まれる青木の記憶違いを正し、読みづらい部分を修正した渡辺信夫の編集による「選ばれた島」が刊行されたのが72年。渡辺の推敲(すいこう)が行き届いた文章は、読みやすく、読者には親切だ。
 しかしまた、洗練された言葉によって失われるものもある。言葉には、その言葉を発する人の息がある。苦悩と逡巡(しゅんじゅん)、そして喜び。豊かな言葉と沈黙。たとえ言葉が失われようとも、人は、その深い沈黙の源をたどろうとする。それは、語り手の人生の真実に触れようとして心を差し向ける、私の人生の貴重な時間だ。
 佐久川は、何よりもこのことを大切にした。オリジナルの「選ばれた島」を通して青木に出会った編者は、青木が生きた愛楽園に通い、青木が過ごした部屋にたたずみ、かつ青木を知る人々との交流を深めることによって、青木の傍らにあろうとし続けた。今回刊行された「選ばれた島」は、青木を敬愛してやまない編者にして送りだされた珠玉の一冊である。
 (下村英視・沖縄大学人文学部教授)
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 あおき・けいさい 1893年、徳島県生まれ。ハンセン病患者でありながら、キリスト教伝道のため聖公会より沖縄に派遣される。ハンセン病療養所愛楽園の基礎を作る。享年76。

 さくがわ・まさみ 沖縄県生まれ。ハンセン病国賠訴訟の資料作成のため、ソーシャルワーカーとして沖縄愛楽園で聞き取り調査に参加。現在、愛楽園のボランティアガイド。

選ばれた島
選ばれた島

 

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