『沖縄ジェンダー学1「伝統」へのアプローチ』 土着にこだわり、撃つ


社会
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『沖縄ジェンダー学1「伝統」へのアプローチ』喜納育江著 大月書店・3400円+税

 女性史はヒストリーHis story(彼の物語)から転じた“History”からHer story(彼女の物語)へと、男性的価値観で創成された歴史を女性たちの言葉へと変換することに成功した。
 一方で先駆者たる女性たちを扱うことに終始し、女性たちの中におけるマイノリティーの女性たちへの視点は必ずしも十分ではなかった。そんな思いから複合差別という言葉でマイノリティー内部におけるさらに抑圧や差別された人々への視点を尊重する動きがここ10年ほどで日本でも起こり始めている。

 しかし、女性が担ってきた、もしくは女性が排除されてきた「伝統」に対するジェンダー的言説の構築は容易ではない。特に神事における女性の役割を「守らなければならない」という一辺倒な言葉の裏にある抑圧を語らせないことに寄与していたとさえ感じてしまう。
 それを考えると、この本を世に送り出すことは決して容易ではなかったのではないだろうか。しかし編著者の喜納は冒頭で「琉球・沖縄研究において正の遺産とみなされてきた価値の中に潜む「他者」の存在をあらわにすることによって従来の言説を脱神話化しつつ、沖縄に関する研究を、次世代へとつながる新しい知の体系に変換させていこうとする」と語る。この決意表明からにじみ出る汗が氷の結晶のように、生産的な議論の構築が各論文から垣間見える。
 特に崎山多美と高嶺久枝の舞踊と文学における対談は、言語化を曖昧にしない崎山独特の問い方が少々キツく感じられた。にもかかわらず高嶺は崎山の問いに、言葉にすることが難しい、舞う時の心持ちを、丁寧に手繰り寄せ、つなぎ、それこそガマクが入った重みある言葉で応えていく。後段の補論2作も台湾先住民とインド内部における女性たちの幾重にも絡まり合った歴史を持つ双方の論考がオキナワを語る作品の中に紛れていることに、新鮮な喜びとシリーズの可能性を表していると感じた。
 (親川裕子・季刊誌「けーし風」編集運営委員)
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 きな・いくえ 1967年生まれ。琉球大学国際沖縄研究所教授。専攻はアメリカ文学、ジェンダー研究。著書に「〈故郷〉のトポロジー―場所と居場所の環境文学論」(水声社)、編著者に「沖縄・ハワイ コンタクト・ゾーンとしての島嶼」(彩流社)など。