『山怪』田中康弘著


社会
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マタギたちの不思議な体験
 マタギなどの山人を取材してきた著者が、彼らから聞いた不思議な体験や不可解な出来事を集めた。いわば現代版『遠野物語』。ツチノコ、小人、巨大タヌキが登場する愉快な逸話もあれば、ホラー映画のような怪異譚もある。

 場所は東北から四国、九州まで。語り手の多くが実名で登場する。「特に不思議な体験をしたことなど出ねえすなあ」と言いながら、「そういえば」「一つだけなら」「おらはねえけど親父が」とこぼれ出る。
 突如行方不明になった4歳の女児が1人では絶対に登れない岩の上で見つかった/6人の古参マタギがいつもの猟場に向かったが、どうしても到着できなかった/何度試みても山から下りられず、無線で仲間を呼んだ――この類の話はだいたいキツネの仕業にされる。
 異様な感覚に襲われた体験が面白い。山道を息子と歩いていると、自分は親父に、息子は自分に入れ替わった/いつもの山道で突然、景色の左右が反転して見えた/小鳥が自分の周りに集まり、得体の知れない気持ち悪さに襲われた直後、大地震が起きた。
 話に起承転結や特別の教訓があるわけではない。「あれは不思議やったなぁ」「あれだけは未だに何なのかわからね」で終わることも多い。それが自然と「やっぱりキツネに化かされたのかなぁ」で落着する。素朴な体験談が民話や昔話になる生成過程を見るようだ。
 理屈では説明できない。かといってウソとも思えない。猛暑の夏、この中ぶらりんな感覚をぼーっと味わいたい。
 (山と渓谷社 1200円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。山口県出身。共同通信記者を経て2007年フリーに。記者時代は演劇、論壇などを担当。09年末から本欄担当に。東京都小平市在住。
(共同通信)

山怪 山人が語る不思議な話
田中康弘
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