富川盛奎 (とみかわ・せいけい)

 1832~1890(尚コウ29.10.7~明治23) 首里王府最後の三司官で歌人。明治新政府の〈琉球処分〉に際しては漸進派として新政府に協力姿勢をとったが、1882年中国へ亡命、復藩活動に奔走する。亡命先で没した。(コウはさんずいに景の右に頁)


『最新版 沖縄コンパクト事典』2003年3月・琉球新報社発行、2,415円(税込)