「石垣島も、休業中。」映画を愛する島民が、石垣島から伝えたいこと

  • 沖縄県全体
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沖縄県内の新型コロナウイルスによる感染拡大に伴い、大型連休による来県自粛を呼びかける声が強まる中、とある一枚の画像がSNSを中心に広がりを見せている。時が止まったかのように人通りのない守礼門や、国際通りといった沖縄を象徴する場所の写真。その横に浮かび上がるのは「おきなわ、休業中。」の文字。
 
この画像を作ったのは、さまざまな背景を持つ沖縄在住の若者10人で結成された「沖縄やーぐまいプロジェクト」。休業中という柔らかいキャッチーなフレーズが多くの人の共感を生んでいる。

彼らの取り組みに込めた思いや、活動を重ねる中で生まれる葛藤、今考えたい沖縄の未来、やーぐまいのセルフケアなどについて、メンバー各々にオンラインインタビューを行い連載として紹介している。

今回登場するのは石垣市在住の宮良麻奈美さん。新型コロナウイルスの感染拡大による影響を受け、島唯一の小劇場「ゆいロードシアター」は無期限休館に入り、廃館の危機にある。石垣島での映画上映を存続させるべく奮闘している彼女に、石垣島の現状を聞いた。

◇聞き手 野添侑麻(琉球新報Style編集部)



離島の声を届けたい



―自己紹介をお願いします。

宮良麻奈美と申します。石垣市出身の27歳です。石垣島で会社員をしています。

―なぜ「沖縄やーぐまいプロジェクト」に参加することになったんですか?

当初の参加する目的は、情報収集のためでした。というのも、私は「ゆいシネマを守る会」という活動をしているんです。石垣島には「ゆいロードシアター」という島内で唯一の小劇場(ミニシアター)があるのですが、新型コロナウイルスの影響により客足が激減し、廃館の危機に陥っています。そこで私は、劇場スタッフだった方と石垣島での映画上映の灯を守るために、二人で会を立ち上げました。そのことを多くの人に相談している中で「沖縄やーぐまいプロジェクト」を紹介してもらいました。

石垣島は離島という面から、コロナ禍で沖縄本島や県外のエンタメ施設を守る動きをしている方と接点を持ちづらく、各自どういう動きをしているのか状況を知りたかったんです。「沖縄やーぐまいプロジェクト」は、ミュージシャンの方々もいらっしゃるので、共鳴する部分もあると思い、何か参考になるお話が聞けたらと思っていたのが最初のきっかけでした。


「ゆいロードシアター」劇場内の様子

そういう経緯で入ったんですが、「ゆいシネマを守る会」の動きをスムーズに進めていくためには、感染拡大を落ち着かせることが必須です。そのためにも石垣島から現地の情報を発信することで、少しは力になれるかもと思ったという側面もあります。

離島って今まで、沖縄本島で市民レベルの動きが起こってもその流れに乗りにくい側面がありました。なので、今回は同世代で連帯して一緒に動くことで、発信の現場に、ちゃんと離島も参加して声をあげていると伝えたかった。もちろん石垣島独自で動いていくことも大切ですが、お互いの現状を知り合うことで参考になる部分もあると思うし、さらによいアクションを起こすきっかけにもなりえると思い、活動に参加することにしました。


ゆいシネマを守る会 ホームページ
https://yuiroadtheater.wixsite.com/yuicinema


離島は、いち早く行動をとらなきゃいけない



―新型コロナウィルスを取り巻く石垣島の現状について、お聞かせください。

石垣島は、国内で感染者数が広がった3月の春休み期間に、たくさんの観光客が来ていました。「暖かい南の島は感染しにくい」という誤情報も流れて、卒業旅行で国内に行き先を変更した学生や、家族連れも多く来島していました。

新型コロナ「離島は安全」の情報拡散におびえる住民 石垣市長が体調不良者の来島自粛を要請
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1099861.html

今まで、クルーズ船が停泊することもあり、海外の観光客が多かったんですが、3月を境に日本人観光客の姿しか見なくなり、ガラっと観光客の層が変わった印象を受けました。日本中で少しずつ感染が増えていたタイミングでもあったので、市民も危機意識はあったんですが、市からの来島自粛の呼びかけもまだ出ておらず、「今は石垣島に来ないでください」とは市民からは言いづらい雰囲気があったのかもしれません。

―4月に入り、石垣島でも感染者が出ました。その後、石垣島ではどのような取り組みを行っているのでしょうか。

石垣島は他の沖縄の地域に先駆けて、4月17日に独自で緊急事態宣言を発表しました。離島は、医療体制が他の地域に比べて脆弱で、物資も施設も人も足りていません。なので、感染が拡大すると収集がつかなくなるという島民全体の危機意識は高いように感じました。そこからは街の様子が変わったように、誰も外を出歩かなくなりました。

石垣島を含む八重山地域での規制も他のとこより厳しいのではないでしょうか。例えば他の地域の公園は、遊具は閉鎖されても、敷地には入ることができるところもあると聞いていますが、石垣島は公園自体が完全に閉じており、遊具はおろか敷地内で散歩することもできない状態です。保育所も閉鎖はしていませんが、ほとんどの人たちが自宅保育に切り替えています。子どもたちは公園にも行けず、保育所にも行けずでストレスが溜まっていないか心配です。

八重山3市町 追加・新規経済対策へ
http://www.y-mainichi.co.jp/news/36352/


公園の利用禁止を知らせる貼り紙

その後、沖縄県にも緊急事態宣言が出て、その中で「離島間の移動の自粛」を求めていましたが、そうなると石垣島周辺の島に住む竹富町民たちが石垣島へ行けなくなり、生活物資を調達できず困っている人たちが出てきました。

そこで、竹富町は行政が率先して生活物資を調達できるように取り組んでいます。竹富島では、大型連休中の5月1日から6日まで定期航路を全便停止することになりましたが、島民のために買い物支援サービスを始めることを発表しました。また竹富町は民宿など営業を自粛した業者に向けて、協力金を出す施策も打ち出しています。離島は行動自粛によるあおりをうけやすく、一度広がると被害が深刻になりやすい側面もあることから、感染対策や町民生活を守るための行動を早く起こさなきゃいけない、と今回の件と通して痛感しています。

―新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、宮良さんの生活で、どのような影響がありますか?

勤務時間が短くなり、勤務地も変わりました。人に会えないのが寂しいですね。会社でも出社しているのは私だけだし、一人暮らしなので一日中誰にも会わない生活なので、「この世に私しかいないんじゃないか」って錯覚しちゃうときがあります(笑)。でも対面で人と会わなくなった分、オンラインでのコミュニケーションが増えて、人と会話する機会は増えました。


―やーぐまい生活でハマっていること、また自身の気持ちの変化などはありますか?

「ゆいシネマを守る会」の情報発信を通して、今まで会うことのなかった人たちとSNS上ですが関わる機会が増え、彼らの考えに触れることで視野が広がりました。

コロナの情報を正しくキャッチすべく、新聞のデジタル購読も始めました。それと石垣島の歴史や文化を勉強したくて、本や資料を読み込む時間もできています。自分の住む地元の歴史を深く知ることは、すごくおすすめ。私の周りの友人たちもハマっています。

映画館は心を育む場所である



—最後に、コロナ後にどう変化した石垣島であってほしいですか?

コロナショックはいい出来事ではないけど、これを機に地元民として石垣島のこれからのあり方を見直さなきゃいけないと感じました。石垣島は年々開発が進んでいますが、私はこのまま資源も限りある中で島を開発し尽くすことに危機感を持っています。私たち石垣島の住民も、この島の変化のスピードについていけないまま、大事な物を見落としてここまで進んできてしまったのではないでしょうか。

映画や音楽などのアートは、良心や感性など本来見落としてはいけないものを再確認させてくれるし、発信拠点である劇場はその心を育む場所であると思っています。なので、それら映画・音楽・アートを発信する拠点を石垣島から途絶えさせてはいけないと自分ごとのように感じています。

元々石垣島にはそのような施設が充実しにくいし、一度なくなったら元に戻すことは簡単なことではありません。それでも劇場は人々の感性を育てて、周囲と自分、島を見つめ直し、多様な世界観を伝えることができると信じているからこそ、この場を守りたいという思いがある。そのことが私の活動の軸となっています。劇場存続が一番望ましいですが、社会全体の先行きも不透明な状態で、ゆいロードシアターの今後も予測できません。ただ、どんな形であっても、石垣島の人々に映画に触れ続けてほしいという思いを込めて、「ゆいシネマを守る会」という名前にしました。島の文化や伝統など守るべきものは何かを考え、大切にしてこそ、さらなる石垣島の各産業も本当の意味で充実すると思います。おうち時間が増えたことを機に、島の将来を考え、語りあいたいと思っています。


「ゆいシネマを守る会」の竹内真弓さん(左)と宮良麻奈美さん(右)

※連載第一回「SNSで広がる「おきなわ、休業中。」市民たちがメッセージに込めた思いとは」
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-1116157.html

聞き手・野添侑麻(のぞえ・ゆうま)

2019年琉球新報社入社。音楽とJリーグと別府温泉を愛する。18歳から県外でロックフェス企画制作を始め、今は沖縄にて音楽と関わる日々。大好きなカルチャーを作る人たちを発信できるきっかけになれるよう日々模索中。




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