「Living with Music」 沖縄からつなぐアジア各国の音楽事情~Music from Okinawa・野田隆司の世界音楽旅(8)

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Trans Asia Music Meetingでの1on1ミーティング。大盛況でした。

“沖縄からアジアの音楽ネットワークを構築する”という目的で、国際音楽カンファレンス「Trans Asia Music Meeting / トランス・アジア・ミュージック・ミーティング(以下、TAMM)」を始めたのは2016年のこと。以来、アジア各都市との音楽を通した行き来は飛躍的に増えた。沖縄のバンドが海外のフェスティバルに招かれる機会は増え、海外のカンファレンスを通して各地の音楽関係の友人や顔見知りも多くなった。

「TAMM」5回目の開催となる今年は、2月21日〜23日の3日間、那覇で行った。この時期、アジアの各都市では新型コロナウイルスの感染が爆発しつつあり、開催が近づくにつれて、海外の検疫が強化されていった。中国や台湾からの登壇者は早い段階でキャンセルとなり、マニラやウランバートルの登壇者は、台北や香港での乗り継ぎが出来なくなり、直前に航空便のルートを変更せざるをえなかった。「TAMM」の翌週には、日本でも学校の休校が宣言されるなどまさにギリギリのタイミングだった。


“Bangkok Music City”、2019年11月。

一年を通して、世界各地でこうしたカンファレンスやフェスティバルは開催されており、多くの音楽関係者はこうした場所で直接情報を収集し、新たな才能を探し求める。世界の音楽業界における重要なプラットフォームとして機能しており、「TAMM」もその一端を担うことを目指している。コロナウイルスの状況の深刻度が増すにつれて、「TAMM」として、何らかの態度を示す必要があると考えていた。些細なことであるが、それも一つの音楽カンファレンスとしての役割である。

「TAMM」としての声明を出したいということを、タイの「バンコク・ミュージック・シティ」のパイさんと、富山の「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」のニコラさんに相談した。草案を作って参加者に提案し、同意を得て、共同声明・ステイトメントとして最終日に発表した。以下は、音楽関係者の直接的なコミュニケーションの重要性について記したその一部。


“Trans Asia Music Meeting”で出した共同声明。

 — 今回、新型コロナウイルス(COVID−19)の流行により、旅行の禁止と制限のため、残念ながら多くの登壇者がキャンセルせざるを得ませんでした。そうした中でも、多くの音楽関係者がTAMMに参加してくれました。皆ビジネスが繁栄するために何年もかかるであろうことを理解していますが、継続的で定期的な直接的な対面会議が持続可能で前進するための唯一の方法であることも知っています。
 友情は音楽ビジネスの上での真の通貨であり、文化は社会的、政治的、または経済的に影響力を持つ真の通貨です。—(Trans Asia Music Meeting 2020 共同声明 / Joint Statementより)


クアラルンプール(2018年9月)。屋台で気軽に食事を取れる日が来るのはいつ?!

「TAMM」後のコロナの状況は、誰もが体感している通りだ。音楽業界においては、公演が軒並みキャンセルとなり、そのダメージは現在も際限なく広がり続けている。日本ではライブハウスがやり玉に上がり、ソーシャル・ディスタンスの問題で集客そのものが困難だ。補償もなく先の見えない中、不安ばかりが支配している。

そうした中、ライブ配信は盛んに行われるようになり、様々な支援を形にするためのクラウド・ファンディングも続く。”ピンチはチャンス”という向きもあるが、強固に出来上がったこれまでのプラットフォームが機能しない中で、それにとって代わるものが簡単に生まれるとも思えない。

そんな中、日々、世界にコロナ被害が広がるニュースを眺めながら、「TAMM」に参加した友人たちに連絡を取ってみることにした。出したままの「共同声明」のことも気になったし、ささやかながらアクションを起こすことで、小さな波を送ることもできるかもしれない。世界中どこにいても、誰もが等しく直面するコロナ禍において、未来のために今をどう生き抜くのかといういくつかの質問を投げかけることで、明日のためのヒントが浮かび上がるのではないかと考えたのだ。


シンガポール”Music Matters”(2019年9月)

“Living with Music / 音楽で明日を生きるために”と名づけたインタビュー・シリーズは、そうした経緯で始めた。最初の投稿が、4月29日。現在(5月24日)13人分の記事を日本語と英語でアップしていて、今後も断続的に更新していく。
それぞれの言葉からは、個人的な視点での、各国の音楽業界の現状が浮かび上がる。行政の支援のやり方や、ロックダウン下における様々な試み、音楽の役割、ポスト・コロナに向けたアイデアなど、様々な示唆に富んでいる。


John Huang(台北・2020年4月)。マスク姿でのミーティング。感染対策が成功したと言われる台湾ならでは。

「台湾の医療制度は今のところ大丈夫だと思います。家で仕事をしていても、学校も会社もみんな続けていますし、外で会議をしたり、買い物に行ったりすることも許されています。私たちの生活は80%が普通の生活です」(John Huang / 5月2日・台北)


シンガポール”Music Matters”(2019年9月)。マリアンヌの会社”Bandwagon”がブッキングするステージ。

「シンガポールでは、サーキット・ブレイカーが、6月1日まで延長されました。サーキット・ブレイカーとは、誰もが家にいることを義務化し、必要不可欠な活動を一人で行うことを義務化することを含む政府の措置のことです。それには食料品の買い出し、医者に行くこと、混雑していない場所で運動することなどが含まれます」(Marianne Chang / 4月29日・シンガポール)


マニラ・2020年4月。在宅ワークを強いられる。

「現在は、私たちのウェブサイトのオンラインプロジェクトを最適化しています。私たちは、ウェブサイトのコンテンツの質が、イベントで行っているキュレーションのレベルと同等であることを確認しています。アジアのアーティストの素晴らしい音楽をフィーチャーするだけでなく、音楽シーンに貢献するためのプラットフォームとして、同じレベルのものを提供することが、私たちのコミュニティの義務だと思っています」(MC Galang / フィリピン・マニラ)


Darren teh(マレーシア)クラルンプールのライブハウスで最初に会って話を聞いた時の写真。(2018年9月)

「僕は家で曲作りに時間を費やしています。デモを作ったり、この間に出来るだけ多くの作品を作るように自分を追い込んだりしてきました。私がマネージメントするアーティストたちも新しいシングルをリリースしているので、プレスリリースを書いたり、メディアにアーティストとのコンテンツを提供したり忙しい日々を送っています」(Darren Teh / マレーシア・クアラルンプール)


Joff Cruz、ベトナム・ハノイの仕事場にて。(2020年4月)

「ベトナムの復興が早くて私たちはラッキーだったと思います。近いうちにいくつかのショーを企画します。次に開催する小規模なフェスティバルでは、海外からではなくホーチミンとダナンからバンドを招く予定です」(Joff Cruz / ベトナム・ハノイ)


”FUKUOKA ASIAN PICKS2019”(福岡・2019年9月)

「アジア各国の音楽人と連携して、アーティストのマッチングや、ライブツアーなどを組むことが出来るプロモーターチームを作りたいと思います。このチームがアジアにおける音楽・コンテンツ産業の駆け込み寺となり、拡張性をもった受け皿になることを望みます」(齋藤幸平 / 福岡)


Mak Wai Hooの自宅より(クアラルンプール・2020年5月)

「ライブイベントは私たちの生活に欠かせないものだと思っています。人は、ライブを見るためにも、友達と遊ぶためにも、外に出る必要があります。それはインターネットのような仮想空間では代替できない経験です。私たちは楽観的で希望に満ちていなければなりません」(Mak Wai Hoo / マレーシア・クアラルンプール)


富山県南砺市、2020年5月。

アジアのそれぞれの街で、音楽シーンはポスト・コロナに向けて、確実に動いていることがよくわかる。今回のコロナ禍で改めて浮き彫りになった日本の音楽産業の組織体制に対しての、ニコラ・リバレさん(富山・スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド)からの提言は非常に重要だ。

「この国のインディペンデント・アーティスト、ライブハウスやクラブ、フリーランスで音楽産業に働く人たちは、緊急に組織化を必要としています。今のところ、彼らには全国的な協会も労働組合も公式な代表もなく、声を上げたり、政府に圧力をかけたりするためのツールがまったくないのです。彼らはどのように、現状に対して影響を与え、状況を変えることを期待しているのでしょうか? 舞台芸術産業の社会的地位についての議論は、COVID-19に触れた全ての国を震撼させています。私は、日本やアジアも同じように、震撼して欲しいですし、その中で、アーティストや音楽業界の労働者のための、持続可能で公正なモデルを提案できるようにして欲しいと思います」(ニコラ・リバレ / 富山・フランス)


Cat Expo(バンコク・2019年11月)

5月25日。日本での緊急事態宣言は全面的に解除されることになった。しかし、”第二波”、“第三波”が訪れることもささやかれており、音楽・エンターテインメントの業界の先行きは不透明で、その影響がいつまで続くのか見えない。

今のところ、このインタビュー・シリーズもどこに着地させるのかはわからない。ただ現在の状況で、様々な視点を共有していくことは大切だと考えている。遠くからのいろいろな声に耳を傾けながら、目の前で小さなアクションを起こしていくことが、ポスト・コロナのより良い明日を迎えるためになるのではないか。そうすれば、音楽が止まることはない。

“Music from Okinawa”note -Living with Music / 音楽とともに明日を生きるために-
https://note.com/strada65



【筆者プロフィール】



野田隆司(のだ・りゅうじ)

桜坂劇場プロデューサー、ライター。
1965年、長崎県・佐世保市生まれ。
「Sakurazaka ASYLUM」はじめ、毎年50本以上のライブイベントを企画。
2015年、音楽レーベル「Music from Okinawa」始動。
高良結香マネージャー。



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