強烈な劣等感が制作の起爆剤にー本村ひろみの時代のアイコン(29) 浦田健二(美術家・美術教諭)


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小説「つくられた心」の表紙

憂いのある大きな瞳の少女。2019年発売の小説「つくられた心」の表紙だ。著者・佐藤まどかさんのお嬢さんが浦田さんの作品を知っていて、小説の表紙へとポプラ社から依頼があったそうだ。2013年から描き初めた「IDOLシリーズ」は2次元的美少女のファンタジーな世界観がある。

IDOLシリーズの中の1枚

海外のメディアでも評価された浦田健二さんだが、取材時の最初の一言は意外なものだった。

 「小学校4年生から不登校が始まりました」

現在、中学校で美術教員をしている浦田さんは、幼少期から重度のアトピー性皮膚炎に悩まされていた。皮膚炎を治すために母親と2人で他県へ行き、転地療養をした。そんな日々の中、浦田さんは次第に人と会うことがつらくなり、学校に行くこともできなくなってしまった。小学4年から中学3年までほぼ不登校。頑張っている同級生に対する不安や焦りはあるのに学校へ行けないジレンマから、劣等感は募っていった。そんな閉ざされた世界の中で、唯一、社会とつながっていたのはインターネットの世界だった。

「宿題」
「距離」

自信をくれた“絵の世界”へ

当時、まだそれほど一般家庭に普及していなかったパソコンが自宅にあり、浦田さんは小学校時代から自分のホームページを開設して作品を投稿していた。鉛筆で描いたイラストをパソコンに取り込んで着彩する、いわゆるコンピューターで描くこと(CG)をスタート。
90年代はネット上で個人サイトが増え始めた頃で、浦田さんは2000年代初めに人気のあったCG批評サイト「CG ARTIST’S GUILD」や「エジマン」へ投稿した。また不登校の生徒交流サイト「サイバーシューレ」(「東京シューレ」のインターネット版)の同人誌「BALLOON」の表紙も担当し、話題の人になっていた。サイトでイラストが評価されることは、劣等感でいっぱいだった彼にとってかけがえのない誇りと自信へとつながっていった。

同人誌「BALLOON」の表紙

不登校で高校進学を悩んでいた時、サイトで応援してくれていた年上のネット友だちからの一言が人生の転機となった。

「そんなに絵が好きなら美大へ進学したら?大学は絵の仲間に出会える場だよ」

絵で語り合える友人を作りたいと考えた浦田さんは、この言葉をきっかけに大学受験を志し、高校進学への道を歩き始めた。通信制の高校から美大を受験するために予備校へ。予備校で初めて筆を手にしてリアルに絵を描く体験に衝撃を受け、大学では絵画を専攻した。
大学進学後もネットの投稿サイトで活躍した。「お絵かき掲示板」では1日1枚のペースでかなり描き込んだイラストを投稿し話題になり、TOKIYA SAKBA氏(イラストレーター、ポケモンカードゲームなどのキャラクターデザイナー)が発足した「skill upper」では、新進気鋭のクリエイターたちと交流を重ねた。

「公園」

新しい表現を求めて

そんな浦田さんは、大学では過去に描いてきたものを封じ込め、新しい表現を模索し始めた。
大学1年では、アクリル絵の具で制作したイラストタッチの作品「もうそう、そう」。

「もうそう、そう」

大学2年では、それまでの完全なデジタルデータの世界から廃材(モノ)を素材にした立体作品「Gentleman」。

「Gentleman」

さびや汚れといったマチエールの素材感は、それまでデジタルでは感じたことのない質感で新鮮に感じた。「モノ」に振り切った制作をすることで、頭の中にある映像的なイメージと、現実に存在し作品として表出する物体との関係性を理解するきっかけになった。

大学3年ではアウトサイダー・アートに興味を持ち、ドローイングに集中。個展「にんげんばんばん」ではイラストや光のドローイングなどを用いたインスタレーションでこれまでにない表現にチャレンジした。
そして卒業制作油絵「ナウ人類」では進化の過程で変容する人間の身体性を表現した。

「ナウ人類」

大学院ではさらに身体性を追求。「human≒ object」シリーズは、陶磁器の白い泥を人間(モデル)にかけて撮影することで人がモノ化することへの悲しみを表現した。このシリーズは修了作品で家族も参加し「family≒object」という修了作品として結実している。大学院を修了後、2011年には現代アート作品の個展「ATTACK!!!」を画廊沖縄で開催した。

「ATTACK!!!」

2018年「思考/停止」を発表。教育者として社会的な視点に立った作品は、また新しい浦田さんの一面を見せてくれた。

「思考/停止」

強烈な劣等感が突き動かす制作への意欲。
「やりがいはあるけど、ただの美術の先生では終わりたくないんです」
穏やかに言い放った美術家・浦田健二から目が離せない。

【浦田健二プロフィール】

浦田健二(うらた・けんじ)

1984年 沖縄県出身
2010年 沖縄県立芸術大学大学院 造形芸術研究科 環境造形専攻 絵画専修 修了
ホームページ
 http://www.kenjiurata.com/
メール
 info@kenjiurata.com

<生い立ち・略歴>
幼少期から患うアトピー性皮膚炎の悪化がきっかけで、小・中学校を不登校で過ごす。その間、自宅でひきこもり生活をしながら作品を制作し、WEBサイトやお絵かき掲示板などで発表を続ける。その後、大学で油画や現代美術について専門的に学び、現在は中学校の美術教諭として勤務する傍ら、作家活動を行っている。

<制作のテーマ・コンセプト>
主に人物をモチーフにした作品を中心に制作している。幼少期の体験から「皮膚」や「身体」、「人間の変容」といったテーマを元に制作している。扱うメディアは、デジタルペイント(CG)・油彩・銅版画・写真・映像など多岐にわたる。

<主な個展>
2007年  個展 「にんげんばんばん」沖縄県立芸術大学付属芸術資料館(沖縄) 
2010年  個展 「HUMAN≒OBJECT」 沖縄県立芸術大学付属芸術資料館 (沖縄)
2011年  個展 「ATTACK!!!」 画廊沖縄 (沖縄)

<主なグループ展>
2013年~2019年 「美術の先生がつくった作品展vol.1~vol.7」 沖縄県立美術館県民ギャラリーなど (沖縄)
2015年~2019年 「Mabuni Peace Project OKINAWA」沖縄平和祈念公園など (沖縄)
2017年 「秋の新鋭展 プレリュード」 銀座かわうそ画廊 (東京)
2018年 「沖縄と済州 交流美術展」4.3平和記念館 (韓国)
2019年 「沖縄・済州 作品交流展2019」Seogwipo Art Center (韓国)

<受賞歴>
2017年 「第13回世界絵画大賞展」<入選> 東京都美術館 (東京)
2019年 「第48回沖縄県芸術文化祭」<新人賞・入選> 沖縄県立博物館・美術館 (沖縄)
2020年 「第72回 沖展」<奨励賞> ANA ARENA 浦添(浦添市民体育館) (沖縄)

<出版物>
2019年 「つくられた心」著:佐藤まどか 絵:浦田健二 ポプラ社

【筆者プロフィール】

本村ひろみ

那覇市出身。清泉女子大学卒業、沖縄県立芸術大学造形芸術科修了。
ラジオやテレビのレポーターを経てラジオパーソナリティとして活躍。
現在、ラジオ沖縄で「ゴーゴーダウンタウン国際通り発」(月〜金曜日 18:25~18:30)、「 WE LOVE YUMING Ⅱ 」(日曜日 19時~20時)を放送中。