LiSA 家賃2万円の原点…鬼滅ヒットにあったシングル母の教え


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

「小っちゃいころは、すぐにお母さんの後ろに隠れてしまうような引っ込み思案な女の子でした。そんな彼女が大勢の人たちの前でパワフルにのびやかに歌っている映像を見ると感無量です」

そう語るのは、歌手・LiSA(33)の少女時代を知る女性だ。

『鬼滅の刃』旋風に乗って、アニメシリーズの主題歌『紅蓮華』や『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の主題歌『炎』を担当したLiSAの歌声も、日本中に響き渡っている。

「『炎』のミュージックビデオ(MV)は、わずか2週間足らずで再生回数が2千万回を突破しました。昨年末には『NHK紅白歌合戦』に初出場して注目を集めましたが、今年の紅白出場も有望視されているのです。いまもっとも勢いのある女性歌手といえるでしょう」(レコード会社関係者)

LiSAのライブを担当したこともある興行関係者はこう語る。

「チャキチャキした性格でした。礼儀正しいのですが、いっぽうで年上のサポートメンバーたちにもものおじしないでハッキリ意見を言うタイプだったですね」

だが冒頭の知人女性の証言のように、少女時代の彼女はかなり消極的なタイプだったようだ。スペシャルブック『今日もいい日だっ』(エムオン・エンタテインメント)には、実母との対談も掲載されており、一部を抜粋すると——。

【LiSA】《人前に出ると突然「ダメです」「こっち見ないでください」みたいになって(笑)。そんな私を母が見かねて、ミュージカルを勧めてくれたんです。》

【母】《あの頃は、保育園の先生のうしろに隠れて、お遊戯ができないぐらいの恥ずかしがり屋さんでした。》

歌手になった原点は、母が勧めてくれたミュージカルスクールにあったのだ。LiSAは岐阜県出身。この母娘対談も岐阜にある自身の実家で行ったものだという。

ブログ「今日もいい日だ」でも、故郷や家族のことについて頻繁に言及しており、いつも“郷土愛”“家族愛”にあふれている彼女だが、自身の過去を語る際には、一抹の苦みを交えさせることもある。

《私は自分の人生が「負け始まり」だなって思っているので、一番最初に出てきたキャラクターとして、炭治郎(※『鬼滅の刃』の主人公)が背負った悲しみのレベルは私とは全然違うけど、負け始まりの物語として重なるなと思いながら(『紅蓮華』の歌詞を)書きました》(『SWITCH』'20年8月号)

LiSAの実父は、彼女が小学2年生のときに家を出ていったという。インタビューで《(故郷は)田んぼと山しかないところです。でも(実家は)団地だったので……》(『ROCKIN'ON JAPAN』'20年1月号)と、語っているように、彼女は20歳で上京するまで、岐阜県内にある市営住宅で生活していた。

当時のLiSA一家のことを知る前出の女性はこう語る。

「間取りは3DK、家賃は世帯の収入にもよりますが、だいたい月2万円前後でした。LiSAちゃんはご両親に妹さんと4人家族。でもお母さんとお父さんが離婚してしまって、お母さんが働きに出ることになったのです。まだ幼かった彼女は寂しかったでしょうし、妹さんの面倒も見なければいけなかったのです」

■音楽活動のための上京に母は大反対

“自分の場所とか生活とか自分の置かれている状態がすごく嫌”だったという彼女にとって、ミュージカルスクールでのレッスンや、音楽を聴いている時間は、“自分じゃないものになれている時間”だったという。

次第に音楽にのめり込んでいった彼女は、小学5年生のときに1人で沖縄へ転校し、有名ダンススクールに入所した。

「でも、その年ごろの女の子がたった1人で夢を目指すといっても大変ですよ。結局、中学2年生のときに岐阜に戻ってくることになりました。そのときお母さんと“音楽で芸能界デビューを目指すことはやめる”と約束したそうです」(中学時代の同級生)

それでも高校時代などにパンクバンドのメンバーとして活動しているうちに、再びLiSAの胸に、もう一度夢を目指したい、という思いがよみがえってきた。そして上京を決意したものの、母親は大反対だったという。

「お母さんに上京することを事前に伝えていなかったそうで、賃貸マンションの保証人をお願いしたら、お母さんが怒ってしまって……。でもLiSAさんも決意を固めていましたから、とりあえず東京で暮らしている友達の家に転がり込んで、デビューを目指したそうです」(前出・中学時代の同級生)

家族と暮らしている市営住宅を脱出し、東京に向かったという彼女。実はLiSAの“夢をあきらめない力”は、上京を反対していた母から学んだものだったのだ。

前出の一家の知人女性は言う。

「LiSAちゃんのお母さんは離婚後に、知り合いの美容院で下働きをしながら、資格を取るための学校にも通っていました。彼女は若いころは美容師になるのが夢だったのだそうです。2人の子供を育てながら、数年かけて目標どおりに美容師になったのですからすごいですよね。いまでは自分のお店を経営しています。

自分の夢をしっかりかなえたお母さんの背中を見て育ったから、LiSAちゃんは歌手の夢をあきらめずに、目指し続けることができたのでしょう」

彼女のブログのタイトルになっている「今日もいい日だ」は、実母が教えてくれた言葉なのだという。

《「毎日いいことは絶対にあるんや。『今日もいい日だっ』って言ってから寝るんやよ」と(母が)繰り返して去っていったんです》(前出・母娘での対談より)

'10年にメジャーデビューを果たしてからすでに10年、LiSAの日本を席巻する大ブレークの陰にあったのは、母の背中の教えと言葉だったのだ。

「女性自身」2020年11月17日号 掲載

【関連記事】

LiSA「鬼滅の刃」主題歌続く快進撃「おうち時間」増加も影響か

花江夏樹明かしていた両親の死…「鬼滅の刃」声優の異色半生

キスマイ宮田 紅白でのLiSAオタぶりが「微笑ましい」と大反響