記憶を描く。自分の生きてきた道を覚えていたいからー本村ひろみの時代のアイコン(42) 湖城磨李奈(画家)

  • 沖縄県全体
このエントリーをはてなブックマークに追加


 2020年を振り返る時、私たちは否応なしに2月頃までの“新型コロナウィルス以前”の日々と3月以降の“コロナ禍の生活”という分断された時間の流れを思い起こす。まさかマスクが手放せないこんな日常が来るなんて。普通だったことが普通にできない日常にだんだんと慣らされ、この頃ではマスクを超えて自分のまわりにオブラートの膜があるような気もする。人との間に目に見えない距離ができ、時に外出や話すこともおっくうになる。そんな時に散歩道で救いに出会う。季節の草花だ。このディストピアの様相をした今の世界に、コロナ禍以前と変わらない姿であり続ける自然はなんとありがたい存在なのだろう。道端に咲いている名も知らない草花に励まされる日々だ。



 湖城磨李奈さんは2019年9月から2020年の2月14日までドイツ・ブレーメンの芸術大学に留学をしていた。本来なら3月までの滞在予定だったが、コロナがヨーロッパにも蔓延し始め日本への帰国を余儀なくされた。

ドイツで生活していた日々は秋から真冬にかけて。春がやってくる前の寒さに閉ざされた雪の季節のドイツ。それまで生まれ育った沖縄と気候も環境も違うなか、彼女の目に映る自然は新鮮だった。沖縄の生活でも欠かさなかった散歩がいっそう身近なものになった。ブレーメンはドイツの北側にあり、彼女が住んでいた寮の近くには森もあった。大学へ行く道のり、食料を買い出しに行く道のりで出会う見たこともない雑草に心奪われ、立ち止まって見入っては写真を撮ったり、スケッチをしたりした。初めての外国暮らしの期待と不安のなか、未知のウィルスが世界を覆っていく。湖城さんはいつの間にか密やかな森や草花に目をむけた。




「沖縄で見ていた鮮やかで大きな葉っぱを持つ草花と違い、ドイツの草花は色が淡く植物自体が小さく葉っぱも小さかったんです。」と語ってくれた。
半年の滞在期間で32枚のスケッチをし、ひとつひとつに愛情を込め、和名、科名、別名、学名を調べ、それをイラストに添えた。
例えば「オランダワレモコソウ」は別名が「サラダバーネット」。イラストには手書きで一文が添えられている。「サラダにできる。味はきゅうりに似ているらしい」と。





植物のスケッチは、帰国して「ドイツの雑草 イラスト図鑑」として製本した。現在、首里の「カフェ木箱」で販売している。そばに「ドイツのお散歩いかがですか?」と書かれたポストカードとともに。



「振り返ると今では懐かしい」と話してくれたドイツでの一日は夢のようだ。
朝8時に起床。朝食にかたいパンとオートミールを食べ、それから大学へ行く。授業では人体デッサン。大学に行かない日は部屋で絵を描く。少し経って飽きたら散歩をかねて買い出しへ。目的地までの間にも道端でデッサン。帰宅したら再び絵を描く。寮にはネパールや中東からの留学生もいて賑やかだった。湖城さんはマイペースに自律した日々のなかで多くのことを学んだそうだ。
「環境が違うと気分が変わる」
ブレーメンから電車やバスでハンブルクやデュッセルドルフ、ケルンまで足を運び美術館や博物館を巡り、歴史の街でアートを堪能した。そしてひたすら雑草を描く日々だったそうだ。

 彼女が授業で人体デッサンをしている時、ドイツで見かけた植物とドイツ人のモデルを重ねて描いた絵がある。私はその絵の美しさに心を奪われた。



「その土地と、その土地で育った人物(対象物)を記憶に残したいんです。制作と記憶は結びついていて、無意識に描いている時もあるんです。」と湖城さんは言う。記憶を描く理由は「忘れられると寂しい。私が悲しい。その記憶は私だけでも覚えていたい。そのために描くんです」と。



彼女の絵から溢れ出るノスタルジーは、見る者の心に宿る。
このコロナ禍の時代に密やかに、でもいつもと変わらず佇んでいる散歩道の草花のように。




【湖城磨李奈(こしろ・まりな)プロフィール】


湖城磨李奈(こしろ・まりな)

1995年 沖縄出身
2018年 沖縄県立芸術大学美術工芸学部絵画専攻 卒業
2020年 沖縄県立芸術大学修士課程2年 在籍

【Instagram】https://www.instagram.com/lakeandcastle/?hl=ja
【Twitter】https://twitter.com/marinakoshiro12




【筆者プロフィール】


本村ひろみ

那覇市出身。清泉女子大学卒業、沖縄県立芸術大学造形芸術科修了。
ラジオやテレビのレポーターを経てラジオパーソナリティとして活躍。
現在、ラジオ沖縄で「ゴーゴーダウンタウン国際通り発」(月〜金曜日 18:25~18:30)、「 WE LOVE YUMING Ⅱ 」(日曜日 19時~20時)を放送中。



WSJ特設サイト

前の記事漫画・ハマとんど~「スルメイカ」
次の記事「コロナ禍だから、仕事はない」は...