「2年以上のつもりで行った海外。気づけば23年になっていました」ー本村ひろみの時代のアイコン(46)津波博美(美術家)


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人は、いったいどんなきっかけで表現をしようと思うのだろう。
どうしても「その感情を現したくて」音や言葉に託したり、描いたり、全身の力を込め木や鉄、さまざまな素材で形にしたり。建築にしたり、身に付けるものにしたり、料理に込めたり。想いを表現する、ありとあらゆる方法がこの世界には存在する。そんな世界の中から、表現する人は方法や道具を選びとって制作し、産まれ出た作品に場所や時間を与えて展示をする。そんな無数に存在する過程を想像すると気が遠くなる。でも美術の歴史をみても分かるように、その想いは時空を超えるのだ。想像してほしい、悠久の時を経てたたずむ城跡にも、インスタグラムにいま投稿されたどこかの街の写真にも、私たちは一瞬のうちに心が奪われることがある。心を奪うその正体は、間違いなく時空を超えた表現者の想いにほかならない。

一週間に一回誰かの家に泊まるプロジェクト。眠る部屋を測って布に寸法を起こし広げた作品。大風が吹いて絡まってしまった

津波さんの実家は保育園。
記憶のなかの実家には、いつも子どもたちのにぎやかな声が響いていた。
3人きょうだいの長女で特にアートがまわりにある環境でもなく、大学も沖縄キリスト教短期大学の保育科に進学した。と、ここまでは母親の背中を見て育った彼女の想いを感じるが、もともと地理も英語も好きで、もっと学びたいと1996年にイギリスへ。そもそも、計画では「2年以上滞在したら沖縄へ戻り、自分の足で歩いたその土地のことを子どもたちに伝えたい」というものだった。それがあっという間に23年の年月を経た。イギリスを拠点にさまざまな国を旅して制作をする。今回の取材は作品が生まれる過程と、さまざまな場所で出会った人たちとの物語だった。

彼女の旅の始まりは進化論で有名なあのダーウィンの出身地シュルーズベリー。ホームステイ先だった家族とは今でも連絡をとっているそうで、マルタ島に住んでいるその家族の親戚の子が「コロナが収束したら日本に来たいと言っているんです」と、まるで身内の話しをするように目を細めて話す。人とのつながりを大切にする津波さんらしいエピソード。

語学学校に通いながら夜間コースで写真を学び、大学院での専攻はプリントメイキング(版画・スクリーンプリントなど)だった。にもかかわらず、興味を持ったインスタレーションで制作を始める。同じ専攻の学生たちがプリントルームで制作しているかたわら、廊下や階段の踊り場で作業をしていたそうだ。ちなみにインスタレーションとは、ある特定の場所にオブジェや装置をおいて空間を構成し、作家の意図を体験させるという表現方法をいう。

津波さんはイギリスを拠点にさまざまな国へ旅をして世界を表現の場とした。
アイルランド、ノルウェー、アイスランド、ドイツ、モンゴル、南米チリ、イースター島、タイや台湾。その土地にたたずむ彼女のまなざしが写真となり、インスタレーションとなり、作品となった。チリの浜辺では、照間(てぃーま)の畳屋でもらった畳の縁を砂地に置いて撮影。砂地に見え隠れする緑色の畳の縁には、郷愁と微妙な違和感がある。

違う場所で同じサイズで再現してみると

モンゴルのゲル(遊牧民の移動式住宅)のサイズを沖縄の新原ビーチの砂浜で再現した作品「For the next steppe」(2015)は、モンゴルで得たインスピレーションを、写真をメディアとして使った作品だ。

写真の中の青い糸は、ゲルの真ん中の柱と入り口を表現している。聞くと、モンゴルでは聖なる青い布「ハタク」に、大切なものを守る、祈る、感謝するなどの気持ちが込められているそうだ。旅の途中でよく見かけた青い布。木に巻き付けていたり、道路沿いに積み上げられた小石の上の棒に巻き付けられていたり。青い糸にはその願いも込められている。
地下資源が豊富なモンゴルでも、開発による環境汚染で生活が変わった遊牧民もいる。沖縄の自然はどうだろう。風景もどんどん変わっていく。津波さんの作品は私たちにそう問いかける。

ここで作品をいくつか紹介しよう。

『Speakers & Pink strings』(2008)」

12台のスピーカーから彼女がインタビューした家族や知人の声が同時に流れ、無数の蛍光ピンクの糸が空間を放射線状に覆っている。亡くなった父親が仕事で使っていた道具(糸)を使い、音と膨大な糸が放つ色彩が、まるで白日夢のような美しいインスタレーション。その声の一人には弟・津波信一さんの言葉「日々努力していかないといけない」も含まれている。

『Silver lining』(2009)

「どこまで人の家に泊まれるか」というプロジェクト。沖縄での展示会からロンドンに戻ってしばらく住むところがなかった期間、住居を探す間に知り合いの家(部屋)を転々とし始めた。そのときに何人もの人からオファーもあってプロジェクトになったそうだ。服の置き場もなく、仕事に出かける時ベッドの上に置いた服が、帰ってきたら床の上という生活を繰り返す。でもそれと同時に眠る場所と屋根を提供してくれる人がいる“希望の兆し”“温かさ”に感謝した3カ月の記録。

『Neighbourhood (Lithuania)』(2009)

滞在制作と展示でリトアニアへ。プロジェクトは近所を訪ね、いらない服をもらい、それを縫ってつなげる予定だった。ところが極寒のリトアニアで神経痛に。そこで予定を変更してチャリティーショプの値引きの時間を狙って服を購入して制作した作品。その経緯を聞くと展示がユーモラスな印象になるから不思議だ。

その後「一週間に一度誰かの家に泊まるプロジェクト」(2011)も敢行。その家にある何かを撮影して部屋のスケッチと共に1冊の作品集に仕上げた。

「一週間に一度誰かの家に泊まるプロジェクト」で作った作品集
『Berlin 2010(bed series)』(2010)

40歳を機に始めた10年プロジェクト。毎年自分の誕生日の月にどこか泊まった場所で撮影した作品。ベッドの上には着ていた洋服が横たわっている。

『Here comes the sun』(2012)

電照菊からインスピレーションを受けた作品。ライトの下には造花が並べられている。太陽の光ではないライトの下の枯れない花たちは何を意味するのか。想像力をかきたてる。

『to someone’s someone』(2016)

平和の礎に刻まれている名前のない戦没者。「〜の母」「〜の父」。私たちも誰かの誰かである。その「の」に想いをはせて制作。カラフルな生地は、“関係性”“つながり”という気持ちを込めて、友人や知人から譲ってもらった服や亡き祖父や祖母の服を使用した。「の」の文字のオブジェ。その塊の与えるインパクトは大きい。

現代アートはその印象を誰かと語りたくなる

津波さんの作品は、たとえば父の仕事道具が置かれた古い家やパーラーでのインスタレーションなど見る人の記憶に触れる。

現在、津波さんは保育園の子どもたちと海外のアーティストをオンラインでつなぎ、アートのワークショップを試みている。パソコンのディスプレイ越しにスペインやモンゴルとアートの交流。ギリシャのクレタ島の友人アーティストとも予定しているそうだ。

オンラインワークショップで制作した子どもたちの作品

そして3月にはグループ展を開催する。アトリエとしてお世話になっていた「若松薬品」でのインスタレーション。今から楽しみだ。
 


展示会
「若松薬品エピローグ」
日時: 2021年3月6(土)、 7(日)  12:00~18:00
会場: 旧若松薬品ビル(那覇市壺屋1-4-4

【津波博美(つは・ひろみ)プロフィール】

津波博美(つは・ひろみ)

沖縄在住
沖縄キリスト教短期大学保育科卒業。1996年渡英。語学学校へ通いながら99年から約5年間夜間と週末の写真コースへ通う。2005年、恩師の勧めでキャンバウェル・カレッジ・オブ・アートの大学院プリントメイキング科に進学し、07年同大学院修了。翌年「ワナキオ2008」に参加。以降ロンドンと沖縄を行き来したり、ヨーロッパやアジアの国を旅したりしながら、作品を発表。19年7月帰国。現在は保育園で働き、自分のペースでアート活動を模索中。

主な展示会
2006年 Deptford X , APT gallery, ロンドン
2008年 wanakio 2008 , 沖縄
2011年 Photo Ireland festival, mad art gallery, ダブリン
2014年 Tracing my echo, Zweigstelle gallery, ベルリン
2014年 Nuclear art talk, 一年画廊, 台湾
2015年 relocation 個展, MASS art studio, モンゴル
2016年 マブニピースプロジェクト, キャンプタルガニー、沖縄
2017年 Where is my food? 個展 , Tentacles , バンコク
2019年 TADAIMA 個展、旧若松薬品、沖縄
2019年 Poetics of otherness, Pratt Institute, N.Y
2020年 One minute monitor project , バンコク大学, タイ
2021年 若松薬品エピローグ、旧若松薬品、沖縄

レジデンシー / 滞在制作
2009年 リトアニア – カフェスカルビア映画館
2010-2011年 ケンブリッジ – アングリアラスキン大学
2015年 モンゴル – マスアートスタジオ
2017年 タイ- Tentacle

【サイト】http://hiromitsuha.blogspot.com/?m=1
【Instagram】https://www.instagram.com/tsuhahiromi/?hl=ja

【筆者プロフィール】

本村ひろみ

那覇市出身。清泉女子大学卒業、沖縄県立芸術大学造形芸術科修了。
ラジオやテレビのレポーターを経てラジオパーソナリティとして活躍。
現在、ラジオ沖縄で「ゴーゴーダウンタウン国際通り発」(月〜金曜日 18:25~18:30)、「 WE LOVE YUMING Ⅱ 」(日曜日 19時~20時)を放送中。