被災していない自分だからできるこ 100cmの視界から―あまはいくまはい―(92)

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東日本大震災から10年。震災のことを知らない子どもたちも増えてきて、どうやって体験を語り継いていくかが問われています。私は震災が起きた日、四国の香川県に住んでいました。ちょうど妊娠初期で、でもけいりゅう流産になりそうな時で、体が重く、横になりながら、フィクション映画を見るかのように、津波の映像を眺めていました。夫の実家が福島なので、体はきつかったけれども、スーパーをはしごし、お水や食べ物を買いあさり、家族や知人に送っていました。原発から離れている私も空気や水が心配になりました。地震から2週間たった流産の手術の頃は、友だちがわが家に避難してきていたので、話せる人がずっといたことが私にとってはかえって良かったです。私は直接的な被害は何もなかったので、震災の想いを語ることはありません。しかしよく考えてみると、私も原発のこと、東北や関東で住む家族や友だちのことが心配でたまりませんでした。

今被災の体験を語り継ぐのと同時に大切なことは、この震災で学んだことで次の震災に備えることです。これは実際に被災していない人たちも中心となって動く必要があります。だって当事者、被災者ばかりに声を上げさせておくのは、つらいことであり、みんなも当事者になる可能性があるからです。


震災から1年たって訪れた、福島市にある夫の実家近くの公園

私は障害があり、車いすで生活しているので、生活の中で困ることやつらいことがあり、それを周りに伝え、話し合いもよくします。しかしずっと声を上げ続けるのは疲れるし、バッシングを受けることだってあります。環境や制度を整えていくためには、私以外の人の力、味方が必要です。そして時には私は休ませてもらい、変えるためにまわりに動いてほしいと思うこともあります。

それは東日本大震災の教訓を伝える時も同じではないでしょうか? 被災をしていない自分が語るのは的外れかもしれない、自分が動くのは迷惑かもしれない、そんな気持ちは片隅に置き、直接被災していない自分だからこそできることを考えていきませんか? つながり続けることが大切なのだから。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りするのと同時に、被災された方々が十分なサポートを受けていけますように。そしてクリーンエネルギーが進み、被災対策を強化し、またの災害の時には、賢く、安心して乗り切っていけますように。


(次回は3月23日掲載)



伊是名夏子

いぜな・なつこ 1982年那覇市生まれ。コラムニスト。骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子育てに奮闘中。現在は神奈川県在住。

 

(2021年3月9日 琉球新報掲載)

 


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