癒やしをくれる糸のアート 糸かけアーティストのSah(サァ、稲嶺聖子)さん


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糸が織りなす繊細な世界

自作の糸かけアートを紹介するSahさんこと稲嶺聖子さん。作品のテーマやモチーフは、骸骨をポップに表現したロック(中央)、日本の古代文字との伝説がある龍体文字(左)、フラワー・オブ・ライフと呼ばれる古代の幾何学模様(右)と幅広い。机の上に置かれているのは北米の少数民族の魔除け、ドリームキャッチャーをイメージした作品=那覇市・週刊レキオ編集室内 写真・村山望

糸かけアートをご存じだろうか。遠目には絵のように見えるが、使うのは糸。木の板に釘を打ち、色のついた糸を巻きつけることで、さまざまな模様が魔法のように生み出される。Sahさんこと稲嶺聖子さんは、育児に追われ精神的につらかった3年半前「自分を救うため、何か好きなことをやってみよう」と糸かけアートに取り組み始めた。「糸をかけていると集中してスッキリする。癒やしの効果もある」と笑う。

作品を間近で見ると、精緻なパターンを描く糸が何層にも重ねられていることが分かる

「わっ、すごい!」

今回の写真撮影のため、稲嶺さんに持ってきていただいた糸かけアートの作品を間近に見た時、思わず声を上げてしまった。

間近で見ると、糸の一本一本がはっきりと見えてくる。精緻に組み合わされた糸が何層にも重ねられることで、万華鏡のように華麗で繊細なパターンを作り出しているのだ。釘にピンと張った糸だけで、こんなにも多彩な模様が生み出されてくるのかと感嘆する。

イライラを忘れる

「糸かけアートを作っていると、楽しい」と稲嶺さん。現在、1歳・4歳・5歳の3人の子どもの育児に取り組み、時間に追われる毎日を送るが「(制作に取り組んでいると)集中し、イライラを忘れてスッキリします」とほがらかな表情を見せる。

始めたのは3年半前の2018年夏。当時は会社に勤めており「育児と仕事できつかった。精神的に病んでいたのかな。何かで自分を救わないと、と思ったんです」と振り返る。

自分を癒やすため、何か好きなことをやってみようと思い立った時に、頭に浮かんだのがネットで見た「糸かけ曼荼羅(まんだら)」だった。

その時点では、沖縄で糸かけ曼荼羅はほとんど普及しておらず、県外に拠点を持つ日本糸曼荼羅協会からキットを取り寄せ、一人で始めた。

すぐにその魅力に夢中になり、育児と仕事をしながら通信講座で認定講師の資格を取得。「家でできる仕事をしたほうが体にいい」との考えから、19年の5月に会社を退職し、本格的に糸かけアート作家として歩み始めた。コロナ禍もあり、思うように活動できないこともあったが、21年の9月には県立博物館・美術館で個展を開催。「3日間で550人以上の方にご来場いただき、沖縄で糸かけアートの認知が広がった」と話す。

集中力とセラピー効果

技法を学んだ糸かけ曼荼羅は円のモチーフを中心とするが、稲嶺さんはより自由なデザインを追求。自作を「糸かけアート」と呼んでいる。

糸かけアートは、板に色を塗り釘を打ち付ける作業から始まる。県外の建築学科を卒業し、住宅設備会社に勤務していた稲嶺さん。釘を打つ位置の調整には、コンピューターにより精密な作画を行うCADというシステムも利用している。

釘が打てたら、糸を巻きつけいく。円を描く場合、一定の規則に従って巻いていかないとうまく模様が描けない。管理には、表計算ソフトのエクセルを使う。

多彩なデザインも稲嶺さんの作品の特徴(写真提供:作家本人)

「作業は大変だけど、手を動かすのが好きなんでしょうね」。順番を間違えず、正しく糸を巻きつけていくためには高い集中力が要求されるが、集中することで雑念が払われ、アートセラピーのような癒やし効果が生まれるのだろう。

最近は短時間で糸かけアートを体験できるワークショップを開催することも増えてきた。親子での参加者が、子どもが熱心に作業に没頭する姿を見て「この子がこんなに集中するのを見たのは初めて」と驚くこともあったという。

「子育てで悩んでいる人は多い。糸かけアートに限らず、少しでも癒やしの方法を見つけてほしい」と力を込める稲嶺さん。「私の活動を見て、絵を描き始めたというお母さんもいます。そういうのを聞くと、私にできることがあるとうれしくなります」

稲嶺さんは今月末から浦添市当山のカフェで展示販売会&ワークショップを開催する。興味を持った方は、ぜひ実物を見にきてほしい。

(日平勝也)


展示販売会&ワークショップ

【期間】4月28日(木)~5月17日(火)
【会場】カフェ・ターミナル(浦添市当山2-8-1 1F)

※詳しくはインスタグラムをご覧ください
ID:sah.inamine.satoko

(2022年4月7日付 週刊レキオ掲載)