会えた夢見たウチナー家族 米国4世アーノットさん 親族捜しに記者も同行 沖縄うるま・与那城

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 第6回世界のウチナーンチュ大会期間中、海外県系人の子孫や4世などが、祖父母、曽祖父母の名を書いたメモを手に、親族を捜そうと先祖の出身地を歩いた。「家族を捜したい」と来沖したアダム・アーノットさん(22)=米カリフォルニア州、県系4世=は本紙を通して情報提供を呼び掛けたが、当初は手掛かりが得られず肩を落とした。だが、25日に曽祖父の出身地であるうるま市与那城地域で自治会長らが協力し、親戚と初対面を果たした。アーノットさんは「夢がかなった」と目を輝かせた。親族捜しに記者が同行した。


親戚の山城義己さん(右から3人目)らと談笑するアダム・アーノットさん(右端)とリサ・アーノットさん(右から2人目)=25日、うるま市与那城

 「家族もあまり沖縄のことを分からない」。19日、来沖したアダムさんは曽祖父らの名前を書いたメモを手に、さみしそうに語った。曽祖父の山城真助さん=現うるま市与那城出身=は1930年代にハワイに移民。琉球古典音楽の教師として弟子を育てたが、真助さんの子であり、アダムさんの祖父ミルトンさんは「アメリカ人になりたい」と、三線や沖縄とは距離を置いた。

 21日、本紙は真助さんや、その父、十郎さんらの写真と共に、情報提供を呼び掛けた。だが、読者からの情報提供はなく、アーノットさんの親族捜しは暗礁に乗り上げた。

 25日朝、うるま市教育委員会の職員が、ハワイ県人会50年の資料から、真助さんがハワイに渡る前の住所を捜し出した。同日午後、アダムさんは母リサさん(49)=3世=と住所のある与那城地域を訪れた。仲田満与那城自治会長は「真助さんの家があった住所は、今は別の家族が住んでいる」と話し、明治時代の戸籍簿を見ながら他の山城家を一軒一軒案内した。

 4軒目。山城義己さん(73)宅を尋ねると、アダムさんの曽祖母からの手紙や、曽祖母が写った写真が見つかった。「私たちの間に何らかのつながりがあるのは確か」と話しながら、戸籍簿と写真、情報を交換し合った。やがて、義己さんの父が、アダムさんの曽祖父真助さんのいとこだと判明。最後は仲田自治会長も親族と分かった。「全てがつながったよ」と完成した家系図を見て、アダムさんとリサさんからは満面の笑みがこぼれた。

 その後、曽祖母のルーツである南風原の家族とも会ったアダムさん。31日、沖縄を離れて帰路に就いた。「沖縄に来てまずやりたいと思っていたことができた。次は各地をゆっくり回りたい」と充実感を語った。

 大会期間中、本紙は5組の親戚捜しを呼び掛けた。「ルーツ探し」を初めて実施した県立図書館ブースには多い日で200人ほどが情報を求め立ち寄ったという。「1世の父母や祖父母の名前、住んでいた場所を知らないか」と聞く人も多く「県立図書館だけでは追えない情報をどうするか、次の課題も見えた」と同館資料班の伊波清秀班長は語る。

 世代を経るごとに薄れがちな先祖とのつながりをどう築くか。先祖の情報や沖縄とのつながりを求めてやってくる県系人への向き合い方を考えた大会だった。

(東江亜季子)

(2016年11月1日 琉球新報掲載)



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