ありのまま生きる 安冨歩さん(東京大東洋文化研究所教授)

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 テレビ番組「アウト×デラックス」出演を機に「男装をやめた東大教授」「女性装の東大教授」と話題になった安冨歩さん(東京大学東洋文化研究所教授)が10月、トークショーのため初めて沖縄を訪れた。経済学者、東大教授としてエリートの道を歩み、音楽、絵画など幅広く活動する安冨さんに「ありのままで生きる」とはどういうことか聞いた。


「ゴッホ美術館を訪れた時、中学生の頃に油絵を描きたいと思っていたことを思い出した」という安冨歩さん。名護のビーチで描いた作品と共に=10月、那覇市首里のCONTE

―女性の装いをするようになったきっかけは。

 「学問として、生き方として、自分の中の抑圧を研究してきた。自分自身が『何か』を抑え込んでいる感覚はあったが、考え続けてもそれが何か分からなかった。抑圧を探求する中で『男性の格好をしている』こと自体が自身の抑圧を生み出していると気付いた。太ももが太く、ウエストが細く、若い頃から服に苦労していた。体重が減ったことを機に女物を着てみた。すると、自分をずっと圧迫していた圧力がすっと下がる感じがして、安心した」

―それまではずっとエリートの道を歩んできた。

 「東大で働き、大きな賞を受賞し、私生活では結婚して子どもがいた。誰もが私のことを不幸だとは思っていなかったはずだが、私は小さい頃から『死にたい』とつぶやいていた。配偶者からモラルハラスメントを受けていたし、自分に『優れた東大教授、良き夫、良き父』であることを課し、苦痛だった。『このままでは死んでしまう』と思い、離婚するプロセスで親とも関係を切った。すると自殺衝動は一気に弱まった」

 「研究の中心のテーマは『バブルや戦争、誰にとっても良くないことを、どうして人間は皆で一生懸命やってしまうのか』。20年以上研究してきたその答えは『自分自身でないものになろうとするから』。自分が『自分自身でないもののふり』をしているとストレスがたまる。暴力を受けるのも、誰かに八つ当たりするのも抑圧が原因。エリートは権力に守られていると誤解しているが、実際は権力に最も強く踏みつけられている。だから、腹いせに他人を踏みつける」

―「ありのままの自分」である中で気付いたことは。

 「私が女性の格好をしているのをじろじろ見る人がいる。全く気にせず受け入れてくれる人もいる。最初は自分に原因があるのかと思っていたが、そうではない。じろじろ見るのは区別に従って生きる人。自分にふさわしい立場や分類や思考に自分自身を押し込んで生きようとしている人。原因は私ではなく、受け取る側に差別意識がある。私自身が『白い目』を向けられることで気付き、暴力や差別の本質が理解できた」

 「沖縄人に『土人』と言う人がいる。全ての差別は、差別される人がいて起こるのではなく、差別する人がいて起こる。差別する人は自分自身が抑圧されている。何よりも『立場』を守らないと生きていけないこの国では、立場にふさわしい振る舞いをする『立場主義』の中で自分自身を見失い、人の顔を伺って『同じように』やろうとする人で満ちている。彼らは、自分を見失わないでいる人を見ると憎悪し、キレて排除しようとする」

―ありのままでいると、伸びやかに生きられますか。

 「そもそも生きるって大変なことだから、立場を守っている暇なんてないはず。毎日が疾風怒濤(どとう)の日々です。自分から離れると、人は醜くなる。自分自身に立ち戻ると美しくなる。美しさとは、勇気であり、おびえない心です」

文・座波幸代
写真・屋嘉部長将



~ プロフィル ~

 やすとみ・あゆみ(あゆむ、も可) 1963年、大阪府生まれ。京都大経済学部卒業後、住友銀行に勤務。「優秀な人々がバブルを発生させる仕事に命懸けで没頭する状況」に耐えられず、退社。京都大大学院修士課程修了。日本が戦争に突入する過程を解明すべく「満洲国」の経済史を研究し、1997年に博士号取得。「『満洲国』の金融」で日本経済新聞経済図書文化賞受賞。名古屋大の助教授などを経て2009年に現職に着任。13年に女物を着るようになり、14年から女性の装いで暮らしている。作詞作曲した作品を自分で歌う音楽活動や絵画制作にも取り組む。



― 編集後記 ―

 「生きる技法」という安冨歩さんの本を手にしたのは、昨夏。ページを開いて驚いた。「生きるにはどうしたらいいのか。そればっかりは、誰も教えてくれませんでした」

 『東大の先生』の赤裸々な言葉にはっとさせられた。以来、著作を何冊も読んだ。「生きるための論語」「原発危機と東大話法」「満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦」-。

 語り掛けるような文章で生き方と社会の仕組みをひもとく。沖縄のことも聞いてみたいと思った。「東大の先生だから会えないはず」という自分の固定観念をはねのけて取材をお願いしたら、ご縁がつながった。

 日本社会の息苦しさ。何よりも「立場」を重んじる「立場主義」が根底にあるとひしひしと感じる。だからこそ、やりたいことをやればいい。一人一人が自分らしく生きられたら、社会は変えられるのかもしれないと希望を持ちつつ。

(座波)

(2016年12月13日 琉球新報掲載)



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