「裸足で逃げる」著者・上間陽子さん(琉大教授)に聞く〈2〉沖縄に堆積する「自己責任」

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子を早く大人に

インタビュー 第一回『子どもの悲しみ見過ごす社会』はこちら


琉球大学教授の上間陽子さん。「貧困は、子どもを早く大人にします。いつまでも子どもであれば生活が成り立たないからです。でも、子どもは、勝手に産み落とされる。そして、生きていかなくてはなりません」

-「子どもの失敗を肩代わりしてあげないと、将来責任を取れる大人にはならないと思う」と繰り返しおっしゃいます。でも、その議論が相当やりづらいともおっしゃっています。

 貧困は自己責任とともに、子どもに早く成長することを求めるようになります。戦後、崩壊させられた沖縄の生活の中で、人は早く成長し、起こった事柄を自己責任と引き受けてきたのだと思います。地層のように、それは沖縄に堆積する歴史であるのだと思います。

 沖縄の貧困問題は、全国の2倍という数字だけでもはっきり分かるものになりましたが、あまりにも多くの人が貧困に陥っている時には、その生活が日常になります。

 貧困は、子どもを早く大人にします。いつまでも子どもであれば生活が成り立たないからです。でも、子どもは、勝手に産み落とされる。そして、生きていかなくてはなりません。

 子どもが、生きることを引き受けるのは、本来、理不尽な営みです。でも子どもはそれをできるようになるのは、存在を祝福されて、できることになったことを喜ばれて、いま生きていることを喜んでもらえる人々に囲まれて、失敗して、何回失敗しても、教えてもらって、そういう営みの果てにようやく、自らの生を肯定できるのです。

 だから子どもの失敗は、教えてあげられなかった大人の失敗なのだと私は思います。大人が子どもに、「教えてあげられなくてごめんなさい」と謝ることができた時、子どもは、自分を変えようと思っていくのだと思います。

 貧困世帯の女性たち、彼女たちの親とのつきあいで思うのは、親自身もまた、そうやってだれかに肩代わりされていない、ということです。そして、自分のことを肩代わりすることを娘に求めます。娘たちは、なんとか母親を抱えようとします。私は、親のことは捨てていい、と女の子たちには言い続けています。

資源の乏しさ

〈翼は5歳の頃、両親が離婚し、母親のネグレクトに遭っていた。子どもの頃の記憶は、いつも子どもだけで家にいたこと、家にはご飯がなかったことだった〉


タクシーや人が行き交う夜の繁華街(写真はイメージです)

 本では、元夫からDVに遭いながら、そのことを隠して生活していた翼さんのことを書きました。一緒にキャバクラで働いている中学校時代の友だちが、DVに気が付き、そして離婚まで伴走していたことを書いています。ただ本当はもう一つ話があって、お母さんの介護をしていたんです。離婚した時、お母さんの入院生活が始まりました。

 お母さんの長期入院が決まったので、経営していたスナックはたたむ必要があった。翼さんは毎朝、保育園に子どもを送って、病院に行って母親の洗濯物を受け取り、その足で母親のスナックの片付けに行く。子どもの帰る時間に合わせて帰って、それで子どもと過ごし、夜10時にキャバクラに出勤するという生活で、睡眠時間は3時間だったんですって、1カ月間。

 私はその時も「親を捨ててもいいと思う。翼が大変だった時に、何もしてくれなかったさ」と言いました。でも、翼さんは「自分は子どもがいて、その子がかわいくてとても幸せで、お母さんがいなかったら会えなかったし、親ってずっと大事だと思ってる」と言ったんです。

 これは、いい話ではあるのだけれど、これって家族しか資源がないから、そうせざるを得ないという話です。また、ネグレクトに遭っている子どもは、親をかばうことが多い。こういった事情があるから、家族を捨てるという話にはならないんだなって、そう思いました。家族を美談にすることには、注意を払わなくてはなりません。多大な犠牲とともにしか成り立たない話であって、そうでないものをつくりだすことが大事でしょう。



 うえま・ようこ 1972年沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から、主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。共著に「若者と貧困」(明石書店)。本書が初めての単著となる。



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