「裸足で逃げる」著者・上間陽子さん(琉大教授)に聞く〈4〉 相手の言葉引き出すための言葉磨く

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子どもの失敗は大人の責任

インタビュー 第三回『殴ることは「愛」じゃない 子どもの心に残る言葉探して』はこちら


-支援員やスクールソーシャルワーカー、養護教諭向けの研修を精力的にしていますね。

 これらの方々は、子どもの隣で仕事をされている方だと思っているので、大事な方々だと思っています。ただ支援者たちに話を聞くと、実は子どもたちに会えてない。会えていたとしても、うまく自分の話を聞いてもらえないことに悩んでいるように感じます。

 例えば、県内の支援者の中には、大変つらい話を聞いている方も多いのではないかと思います。そうした時に、どうしても大人は、すぐに変わってほしいと思うのではないでしょうか。

 ただ、その一回だけでその子が変わることはありません。例えば、これは架空の話ですが、子どもが中絶手術の日にお酒を飲んでしまったり、またすぐに妊娠してしまったり、暴力に巻き込まれたり、そういうことは起こることです。だって、寂しい思いをしている生活の根幹自体がかわっていないのだから。

 だからこそ、「この人は、どんな生活しているのか」「こんな夜も、一人ぼっちかもしれない」と考えきれないといけないと思います。例えば、病院に同行したのだったら、病院の帰り道に、「今日の夜どんな?」「どう過ごすの?」「ご飯はある?」「何か食べたい?」「何時に寝るの?」って話を聞いて、「寂しいかもしれないから電話しようか」「私が声を聞きたいから電話してもいい」「生きてるかどうか知りたいからメールしてほしい」など話すきっかけをつくる。その約束ができたら、寂しい時間に電話をかけることができます。家に家族がおらず、誰かと過ごすことが分かったら、「安静にしていてほしいよ。でも、例えば出血が止まらなかったら連絡が欲しい。身体が急変することがあるから、そのときは準備態勢つくらないといけないから」って、そんな風に失敗を見通しながら語る話なんですよね。


 子どもは危険なことを当たり前にするし、それは子どものせいで起こった失敗ではない。大人の失敗でしかないと、まずは大人が引き受ける必要があると思います。そんな寂しいはずの夜に1人でいられないのは当たり前で、だからその子の生活や願いを知らないといけない。生活を知って初めて、かけることができる言葉があって、その言葉が通じた時に、子どもは初めて身体を守ろうと思えるんです。そこまでは、本当に長い道のりだと思います。

 私自身、調査を通して、何の言葉をかけていくのか何度も考えるようになりました。たった1人で子どもを出産することになった調査で出会った女性と、出産直前はずっとメールでやりとりしていました。彼女からもらったメールに、「お医者さんに歩けって言われているけれど、眠ってばっかりなんだよ」と書かれていました。これは一緒に歩く人がいない、というメッセージでもあります。でも私は、「もうすぐ眠れなくなるんだからいいんだよ。いっぱい眠ってね」と書きました。その後、「いつも本当にありがとう」って彼女から返事が返ってきました。このやりとりができて初めて、「一緒に歩こうか?」と生活をつくっていくための話ができるのです。その方が話していることを受け止めることなくして、次の話はできません。

 もちろん人によっては、叱り飛ばしながらも、大事に思っていることを伝えられる方もいらっしゃいます。だからこそ、自分の言葉を磨かなくてならない。その人の声質で、その人の身体とセットになった、子どもに伝わる言葉、相手の言葉を引き出すための言葉を磨かなくてはならないのです。



 うえま・ようこ 1972年沖縄県生まれ。琉球大学教育学部研究科教授。専攻は教育学、生活指導の観点から、主に非行少年少女の問題を研究。1990年代後半から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの調査・支援に携わる。共著に「若者と貧困」(明石書店)。本書が初めての単著となる。



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