「裸になれる 太陽の島」 女優・羽田美智子さんが語る沖縄

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 柔らかな透明感を放つ女優・羽田美智子さん(48)。デビューから28年を迎え、女優として、女性として、ますます輝きを増しています。2011年には人生のパートナーが暮らす沖縄・恩納村に第2の居を構え、仕事の合間をぬっては沖縄の地でエネルギーをチャージしているそう。現在は4月から始まるNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」の収録などで大忙しです。2月15日に那覇市で開かれた講演会「わたしが見つけた すてき、ひとめぐり」(新報女性サロン)のため来県した羽田さんに、沖縄への思いや、自分らしく輝き続ける秘けつを伺いました。

二つのデビュー、そして人生の“転機”

―茨城県のご出身です。沖縄との出会いについて聞かせてください。

 18歳の時、初めて飛行機に乗って旅をしたのが沖縄でした。短大時代の仲間たちとの女子旅です。そして、二十歳の時に日本旅行のキャンペーンガールに選ばれて、初めてお仕事をさせてもらったのが沖縄だったんです。


「沖縄は『北風と太陽』で例えていえば『太陽』です。裸になれる場所なんです」とほほ笑む羽田美智子さん。オオゴマダラが周囲を舞っていました=2月14日、那覇市のANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービュー

―二つの“デビュー”を沖縄で経験されたんですね。そのときの印象は?

 「ここは楽園だ~」と思いました。真っ青な海を見て「こんなにきれいな海が本当にあったんだ」って感動しました。誰もいない無人島で撮影して、だんだん真っ黒になっていき、最終日に撮った写真が等身大のパネルになって那覇空港に飾られました。うれしくて何度も那覇空港に見に来ちゃいました。

―時を経て2011年、沖縄在住の水中カメラマンと結婚されました。出会いのきっかけを教えてください。

 実は私、子どものころおぼれかけて、海がすごく怖かったんです。海で泳ぐことは一生ないだろうと思っていました。

 転機となったのは32歳のころです。お仕事で「クレオパトラの神殿を見に行きませんか」という話をいただいたんです。でもその神殿は海底にあって、ダイビングのライセンスが必要になる。「やりたいけど海が怖い。どうしよう~」って悩みました。

 でも、ちょうどそのころ、「自分を変えたい」って強く思っていたんです。今もそうなんですけど、そのころから自分の定義をとっぱらいたい、可能性の枠を広げたいって思っていました。

 それともう一つ、私、小学生のころからクレオパトラが大好きだったの。もうこれは試練だって思いました。

 「怖いけど、クレオパトラが呼んでくれているんだからやりたい」って事務所に伝えたら、

 「じゃぁライセンスを取ってください」「沖縄に心理学を学んだ上手な先生がいるから大丈夫ですよ」と言われ、その言葉を信じて沖縄に来ました。

 でもやっぱり、トラウマはなかなかぬぐえなくて、プール講習で嫌になっちゃったんです。夜みんながそろっている時に「ごめんなさい、私やっぱりできないかも」と打ち明けました。みんなシーン…ですよ。

 すると、それまでずっと黙っていたインストラクターの先生にこう言われたんです。

 「俺は羽田さんにこの仕事をやった方がいいとか、やらないでいいとかは言う立場ではないけれど、俺は苦しい時に海に助けられてきた。海は確かに怖い。無茶したら命を取られるよ。でも守るべきことを守ってさえいれば最も安全な場所。そもそも人間は海から生まれてきたんだよ」

 「自分が大切に思っている海を『怖い、怖い』と言われるのは納得がいかない。そもそも怖いから辞めます、帰りますってことは、逃げるってことじゃないのかな」

 その「逃げる」って言葉が胸にずっしり心に残ったんです。確かに私はそれまで、怖いこと、嫌なこと、面倒くさいことから逃げてきたのかもしれない。そんな自分の欠点に気づいていたので、その言葉が引っ掛かったんだと思います。

 「私も逃げたくないけど、怖いものは怖いです」って言ったら

 「じゃぁ、何が怖いか分析して、それでも怖かったら辞めればいい。だけど、たった一日のプール講習だけで『怖かったから辞めます』って言われるのは納得できない。もう一日だけ時間をほしい」と言われて…。

 次の日、さっそく海に行ったんです。すると陸上であんなに重かったボンベが海に入ったらすごく軽かったの。そして海の世界を見ちゃったんです。目の前で魚たちがたくさん泳いでいる。気が付いたら夢中になっていました。

 目の前で繰り広げられる食物連鎖、小さな魚たちが大きな魚群となって身を守る姿、イソギンチャクとクマノミが共生し合っている様子…。海の世界を目の当たりにして、「人間も魚たちと何にも変わらないんだな」って思いました。

 「食物連鎖」っていう言葉は学校で学んでいたけど、それは単なる知識で、本当の意味では何も分かっていなかった。自分自身を含め、自然をコントロールしていると錯覚している人間のエゴに気付かされたんです。

「さまよっているだけじゃ、どこにも行けない」


ダイビングを通して、目標を定めることの大切さも学んだそうです

―海への恐怖を克服し、新しい世界を切り拓くきっかけをつくってくれた先生が、ご結婚された今のパートナーなんですね。

 はい。目標を見据えることの大切さとか、人生の指針もダイビングから学びました。

 海に入れるようになっても、最初はうまく潜れなかったんです。重りを幾つ付けても沈めない。「何でなの?」って聞いたら、「目標物をしっかり見てないからだよ。ちゃんと行きたいところを見て」「たださまよっているだけじゃ、どこにも行けないよ」って言われたんです。

 怖くなると呼吸が浅くなる、呼吸が浅くなると肺が膨らんで浮力が生じて沈めない。大切なのは、まずは落ち着いて「絶対大丈夫だ」ってリラックスして自分に自信を持つこと。まさに人生そのものですよね。

 それから目標となる物をちゃんと見るようにしたんです。「そこに行きたい!」ってはっきりと意思を持って。そうしたら自然にあごが下がる。そして「行きたい」って思って息をフーって吐いたら、ぐーっと沈むことができた。上がりたい時にはあごをあげて、上を見て息を吸うと、ちゃんと上がれた。それからは自由自在です。

 自分の意思と姿勢と呼吸で、行きたいところに行けることを知り、仕事や生きる姿勢まで変わってきました。

自分らしい「結婚」のカタチ


「悩むのは、それが『道』だからだと思います」と静かに語ってくれました

―ご結婚されたのが2011年。出会いから随分年月がたっていますが、何がきっかけだったんですか?

 30代後半のころ、何ともいえない憂鬱感に襲われた時期があったんです。仕事に追われて、ドラマが終わったら次のドラマ、終わったドキュメンタリーって…。こんな生活を一人で続けていくのは限界かもって思ったんです。そんなときに、たまたま彼が東京に出てきて連絡をもらって…。そんな思いをぶつけたんです。「どうしよう、不安だらけになっちゃった」って。すると彼が「自分は一生独身だと思っていた。でも、(羽田さんに)もし結婚というスタイルにこだわりがあって、自分でもよかったら…」って。

 それまで、私は芸能、彼は海っていう夢中になるものがあったし、恋愛に疎い2人だったので、お互いの存在の大切さに気付かなかったんでしょうね。

 目に見えない縁ってありますよね。実は初めて沖縄に来た18歳の時、道に迷ってある商店に道を聞きに入ったんです。その店の斜め前の家が、何と彼の家だったんです。「30年前、そこの店に道を聞きに入った~」って。びっくりしました。不思議ですね。

 

―沖縄には現在、どんなペースで来られていらっしゃるんですか? 

 3日休みがあったら来たいんですけど、結婚してからずっとレギュラー番組をいただいているので、年2回ぐらいのペースです。レギュラーがある間は例え休みが取れても完全に自由ではないんです。ドラマの収録が続くときは、お仕事以外で飛行機に乗ることは極力しません。この年になると、自分に何かあると全体に迷惑がかかるってことが痛いほど分かっているので。

 頻繁に来ることはできませんが、結婚して沖縄に来るようになり、昔から行きたかったところに偶然お仕事で行かせてもらえたり、願いが叶ったりと、いろんなことが守られているように感じます。

―とはいえ、まさに遠距離結婚です。不安はありませんでしたか?

 逆に、2人とも独身生活が長かったので、他人との共同生活が本当にできるんだろうか、結婚というスタイルは向いていないかもしれないなっていう不安がお互いにあったんです。なので、ちょうどよかったのかもしれません。会いたいときに会える、ほどよい距離感がいいのかなって。

―自分たちの暮らしのスタイルを、自分たちでつくりあげていくってすてきですね。

人生は「道」と一緒


東日本大震災後に過ごした沖縄で、価値観や生き方が変わったそうです

―浮き沈みが激しい芸能界で、常に一線で活躍されているように感じます。つらいことや苦境をどうやって乗り越えてこられたんですか?

 つらい時期って定期的にありますよね。特に年代が変わる前後3年って、代が変わる前の試練の年かなって思います。20代後半は仕事で苦しい時期だったし、30代後半は自分の内面への葛藤や疲れもあってもんもんとしていました。ホルモンバランスの変化もあったんでしょうね。そんな時期に彼と出会って、ずいぶん救ってもらい、違うステージへと進むことができました。

 今は40代後半に差し掛かり、前みたいに不用意に落ち込んだりはしないですけど、それでも不安や迷いはあります。でも、悩むのはそれが「道」だからだと思います。

 先日、80歳になる母に言われたんです。「人生って本当に道と一緒だね。行き止まりになったり、一方通行だったり、二股になっていたり…。一本道っていうのはないね」って。「ほんとだね~。いろいろあるから面白いんだね。一本道じゃ飽きちゃうよね」って納得しちゃいました。

―2015年、生まれ故郷の茨城県が水害に見舞われました。

 初めは「どうしよう」ってパニックになったんですけど、「何かしようよ」って同級生と声を掛け合って集まって、30数年ぶりにあった友人たちとゴミ拾いをしたり、種まきしたりしたんです。水害がもたらした「恵み」だと思います。

 

裸になれる場所


沖縄の風景に溶け込むようにたたずむ羽田美智子さん

―羽田さんにとって、沖縄はどんな存在ですか?

 裸になれる場所(笑)。「北風と太陽」に例えていえば、沖縄は「太陽」だなって思います。北風ピューで「脱げ」じゃなくて、「あったかいでしょう? そんなものいらないよ」と言って、重いよろいを脱がしてくれる。そして裸になっても誰もとがめないし…。もし脱いでしまって「こんな私でごめんなさい」って言っても、「それがいいんだよ~」って言ってくれる感じ。

―えっ!? 本当に脱ぐんですか?

 いえいえ~(大笑い)。でも本当にリラックスして危ないときもあります。格好つけなくてもいいっていうか。

 沖縄の人って本当に優しいと思います。2011年の東日本大震災の時、何度も襲ってくるあの揺れを体験して心が震え続けました。それまでの生活が根こそぎ揺らいだ。放射能の心配もあって、10日ぐらい沖縄に来させてもらったんです。

 あの時、沖縄の皆さんにすごく助けていただきました。そして、毎日海を見て、空を見て、自分にいろいろ問い掛けていくうちに、沖縄の空が答えを返してくれたように感じました。あれ以来、価値観や生き方が変わりました。自分のためだけに生きてきた人生から、「相手=自分」って思うことが大事なんだと思うようになりました。

 

―4月から始まるNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」について、少し教えてください。

 脚本は「ちゅらさん」を書かれた岡田惠和さんなんですよ。岡田さんの作品に出たいという願いが、ようやくかないました。

 とっても粒子が細かい脚本で、読むのは楽しいんですけど、演じるのは難しい。でも、人間の良心が気持ちよく描かれているので、演じていて豊かな気持ちになれます。

 

―仕事のことや大切な人のこと、自身の生き方や人生に悩みを抱える「ひよっこ」に、メッセージをお願いします。

 誰もが自分の殻を破らなきゃいけないときってあると思います。他人の力に助けてもらうばかりじゃなく、自分の内側からコンコンと殻破り、殻を脱ぎ捨てなきゃいけない。それはとても勇気がいることだけど、勇気を出して殻を脱ぎ捨ててみると、広い世界でいろんな経験ができます。楽しめる方法は幾らでもあります。考え方次第だと思います。

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~ プロフィール ~

 1968年生まれ。女優として映画、ドラマ、テレビ、CM、ラジオなどで幅広く活躍中。

 連続テレビ小説「ひよっこ」(NHK・2017年4月3日~放送開始)に出演予定。

 著者に「羽田美智子が見つけた 沖縄 すてき、ひとめぐり。」(光文社)、「羽田美智子 私のみつけた京都あるき」、「羽田美智子 私の幸せ京都あるき」(ともに集英社)などがある。



◆この記事を書いた人

 佐藤ひろこ(さとう・ひろこ) 琉球新報Style編集部。北部支社報道部、社会部、NIE推進室、文化部などを経験し、特に子どもを取り巻く諸問題に関心を持って取材してきました。大阪府出身。小6、小3、4歳の子育て中。目下、「働き方」「生き方」の見直しに挑戦中です。





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