きらめく「貝」 時を超え 螺鈿 新たな可能性

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 淡い紫色をたたえる夕暮れ時の空のようだ。表面を虹色で覆うシャボン玉を連想する。琉球漆器の技法「螺鈿(らでん)」は見る者や眺める角度によって表情や色が変わっていく。夜光貝など使ったその技法は琉球王国時代に中国から伝わったとされ、重宝された。今も伝統を受け継ぐ職人たちに加え、若手が新たな表現を模索しており、時を超えて魅力を放ち続けている。


宝石のように


當眞清乃さんが制作した夜光貝を素材にしたジュエリー。虹色にきらめくのが新商品の「Raden」

 貝を使ったアクセサリー店が県内各地にある中で、夜光貝に魅力を感じ、アクセサリーとして販売するのは、うるま市喜仲で夜光貝ジュエリー・シェリーナを経営する當眞清乃さん(33)。

 ピアスやペンダントなどの作品を手掛け「貝のきらめきが、身に着ける人も輝かせるように」との思いを込める。当初は真珠層の緑や乳白色の彩りを大事にしていたが、夜光貝の歴史を学び続ける中で、螺鈿のように鮮やかな虹色を発する作品を制作して「Raden」の名で販売している。

 加工してもその一つ一つで光の反射が異なるため、自然と世界に二つと無い一品になる。當眞さんは「古くから使われる沖縄の夜光貝を生かし、ずっと使い続けてもらえるジュエリーを作り続けたい」と、目を輝かせる。


コップやボウルに


角萬漆器が皆川明さんからデザインの提案を受けて制作した新たな螺鈿。従来の作品とは異なる、つや消しの黒漆にミジン貝を使った鮮やかな螺鈿が浮かび上がる

 創業120年余の歴史がある那覇市の角萬漆器(嘉手納並豪社長)は、昨年10~11月、つやを消した黒漆のコップやボウルの表面に、虹色の真珠層を無作為に配置する新たな螺鈿に挑んだ。

 日常の中で使われる琉球漆器という視点で、「mina perhonen」のデザイナー、皆川明氏と共同で作り上げた。デザイナーのナガオカケンメイ氏のプロデュースを受け、「D&DEPARTMENT OKINAWA」の展示会で披露した。企画制作した個数はコップが40個、ボウルが15個と限られているが、順調に売れているという。

 伝統と技法はそのままに十数年ぶりに新たなデザインに挑戦したことで、専務の嘉手納豪さんは「貝がもつきらめきを広く知ってもらうことで、螺鈿の制作の幅も広がる」と語る。


伝統の継承


古くからの技法を守りながら、新しいエッセンスを加えた贈答品や生活用具など幅広い作品を生み出している宮城清さん

 中城村屋宜の「宮城漆器」を営む伝統工芸士の宮城清さん(72)は、古文書を参考に研究を続け、古くからの技法を守り続ける。

 10日間煮続けた夜光貝の層をはがす、または削るなどして、1ミリ以下の薄い真珠層を作り上げる。その一枚一枚が龍やチョウ、藤の葉などに形を変え、琉球漆器に厳かな雰囲気を醸し出していく。

 宮城さんは美術館に展示されるような逸品だけでなく高額な贈答品や、少し値は張るが盆や弁当箱など普段使いできる作品も請け負う。

 自らも生活の中で螺鈿の茶請けなどを使っており、「買う時は高く感じるが、十年以上その鮮やかな色合いは残り続ける」と勧める。

 15世紀から今日まで、見る者を引き付ける螺鈿。「植物も人も次の世代につなげるために生きている」。

 螺鈿の新たな可能性を模索する人々の土台を支えるかのように、宮城さんは技術や伝統の継承に力を入れている。

文・嘉陽拓也
写真・花城太



変化する美しさ 岡本亜紀さん 浦添市美術館学芸員

 螺鈿の魅力はそのきらびやかさと、見る角度で表情を変えることにある。美しい物を見た時に「キレイ」と自然に湧き出る感覚から、楽しんでみてほしい。

 材料に使われる夜光貝などは弥生時代から交易に使われ、琉球王府時代には中国への貢ぎ物として贈られていた。県の調査により、首里城の「銭蔵」跡地の地層から、15~16世紀ごろの大量の夜光貝が発見されており、貝を加工する「貝摺(かいずり)奉行所」があったことが分かっている。当時は首里城内や地域の神女(ノロ)の祭祀(さいし)道具として使われていたようだ。

 数十年前までは市民の生活用品として使われることもあったが、今は買い手も減り、職人の数も少なくなってきた。浦添市美術館では2~4月に常設する琉球漆器の展示で螺鈿も紹介する。その美しさから螺鈿の世界に入り、歴史や技法を知ることでより楽しめるので、気軽に見にきてほしい。



(2017年2月21日 琉球新報掲載)


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