“カープ女子”仕掛け人 比嘉寿光はどう動いたか

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 プロ野球で昨年、25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島カープ。選手を経て、現在は球団職員としてチームを支える沖縄県出身の比嘉寿光さん(35)が、「カープ女子」の仕掛け人との情報を聞きました。「野球を通してみんなを元気にしたい」と語る比嘉さんに、優勝への道のりや「カープ女子」誕生などについて、話を聞きました。

(聞き手・與那覇裕子)


「リーグ優勝してやっとファンに恩返しができた」と語る広島カープ球団職員の比嘉寿光さん=14日、浦添市民球場

やっと恩返し

―25年ぶりのリーグ優勝に地元広島はもちろん、キャンプ地沖縄市も沸きました。2016年はどんなシーズンでしたか。

 「近年、ファンが盛り上がっているのにチームの成績がついていかず、もどかしい思いがありました。選手もスタッフも、これだけ応援してくれているファンを喜ばせるには勝つことが一番だと思っていたので、やっと恩返しができたという気持ちです」

 「広島に住んで感じているのは、三世代にわたってカープを応援してくれているファンがいるということ。子どもたちは野球を見ることや、カープの帽子をかぶること、カープの歌を歌えることが当たり前。カープで育っているという感じです。J1や、Vリーグのクラブもありますが、野球は特別扱いされていると思います。ただ、その特別扱いに甘えてきたのが、勝てない理由の一つではないかと思っていました」

 「2016シーズンは、黒田(博樹)さん、新井(貴浩)さんというベテランが若い選手に背中を見せたのが大きかったです。練習中にも大きな声を出し、一切手を抜かない。若い選手は、野球ってこうやってやるものだということを感じただろうと思います。今のプロ野球は、どのチームも戦力にそんなに差はない。気持ちで補える程度の差だと感じています。毎年、チームとしてまとまっているところが優勝していると思います」

 「市民球団で、もともとある戦力を伸ばすのがカープの野球。昨年はチームとして優勝したいというのが明確な目標になり、試合でも選手のあきらめない姿勢が見えるようになりました。リードされていても、2、3点差なら逆転するだろうという空気が球場を包んでいました。勝つチームの雰囲気ができていました」

 

動いてみたらはまった


編成担当として、他チームの戦力を分析する。「野球を見るのがとても楽しい。1日3試合見ても全然飽きない。自分がこんなに野球を見るのが好きだとは、自分でも知らなかった」。

―近年のカープ人気の盛り上がりは、特筆すべきものがあります。比嘉さんは「カープ女子」の仕掛け人とも言われています。

 「最近よく聞かれます。実は最初から意図したわけではないのですが」

―具体的にはどういう取り組みをしたのですか。

 「2009年に引退し、球団初の広報担当になりました。最初は何をやっていいのか分かりませんでした。勉強していくうちに、それまで、広島の選手のメディア露出が少ないことに気づきました。カープは若くてルックスのいい選手が多いので、若い選手に積極的にインタビューに答えてもらったり、バラエティーに出てもらうようお願いしました。すると比較的協力的だったマエケン(前田健太、現米大リーグ・ドジャース)の人気が出て成績も上がり、後輩もついてくるようになりました」

 「始めからカープ女子というイメージがあったわけではないですが、女性をターゲットにはしていました。女性は1人では観戦に来ない。必ず誰かを誘う。ちょうど完成したマツダスタジアムをテーマパークとして遊びに来てもらおうという発想もあり、球団としてグッズ販売にも力を入れていました。野球に興味がなくても、足を運んでみて楽しかったらまた来てくれるようになります。チームカラーが赤だったのも良かったと思うし、動いてみたらいろいろな流れがちょうどはまったという感じです」

 

子どもが野球に接する環境


プロ野球阪神タイガースの鳥谷敬選手(後列左)と共に、入院中の子どもたちと記念撮影する比嘉寿光さん(後列右)=2016年2月、南風原町の南部医療センター・こども医療センター

―今年はプロ野球9球団が、沖縄でキャンプをしている。キャンプ地としての沖縄について思うことはありますか。

 「宮崎など他県は、キャンプに来てほしいからとアメリカのスタジアムみたいに施設を整備します。沖縄でもそういった取り組みを、遅いけどやり始めようとしているのは感じます。必要なのは、球団と地元でいい方向にもっていくために話し合うことだろうと思います。プロ野球のキャンプで沖縄も活気づくし、何よりも子どもが野球に接することができる環境が大事。キャンプを見て野球をやりたいと思う子が出てくるのが理想で、そういう環境を協力して維持していければいいと思います」

 「沖縄は観光が重要な産業なので、キャンプもどんどん利用していけばいいと思います。何かアイデアがあれば、できるだけ協力したいと考えています」

 

何ができるのか

―話は変わりますが、比嘉さんは早大時代、チームメートだった阪神の鳥谷敬選手とともに「レッドバード」プロジェクトと称して、フィリピンの子どもたちにに靴や文房具を届ける活動を続けています。

 「鳥谷とは、野球を通して何か役に立ちたいという価値観が共通していて、野球抜きでも一生付き合える間柄です。互いの立場を生かし、社会のために何かできないかということで、一緒に活動を始めました。また住んでいる広島が被爆地ということもあり、平和の大切さとか、世界の中で何ができるのかについて考えるようになったというのもあります」

 「活動を通じて、支援するための作業も重労働だということが分かりました。大量の靴を仕分けるだけでも大変です。そういう作業を担う人がいないと、継続できないことなど、これもやってみてあらためて気づきました」

 「高校時代、金城(孝夫)監督に求められたのは裏表のない人間になれということだった。それが今の取り組みにつながっているような気がします」

 

みんなを元気に

―今後の抱負について聞かせてください。

 「現在球団の編成担当として、他チームの試合を見て戦力分析をしていますが、とても楽しいです。野球をするのも好きですが、見るのもこんなに好きだとは自分でも知らなかった。指導者にも興味はあるし、どんな形になるか分かりませんが、野球を通してみんなを元気にしたい、社会を活性化させることができればと考えています」

 「沖縄の将来についても関心があります。沖縄の若い人にはできるだけ外に出て、視野を広げてほしい。外に出て沖縄の良さが分かることもあります。沖縄からいい人材が育ってほしいと思っています」

 



― プロフィル ―

 ひが・としみつ 1981年4月生まれ。豊見城市出身。長嶺小2年のころ野球をはじめ、長嶺中を経て沖縄尚学に進学。1999年4月、選抜高校野球大会で県勢初の甲子園優勝を果たす。卒業後早稲田大に進学し、六大学野球リーグの連続優勝に貢献。2004年、広島カープにドラフト3位で入団。09年に引退し、球団職員。





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