神の島に癒やされて 浜比嘉島

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 肌寒い2月上旬、うるま市観光物産協会の「沖縄・うるま市・ガイドツアー」に参加した。かつては沖縄本島と橋で結ばれていなかった浜比嘉島を訪れ、地元ガイドの真鶴さやかさん(30)と共に貝とモズクの食文化が息づく集落を散策した。

 島には浜と比嘉の2集落があるが、今回は浜集落を中心に歩いた。サンゴの石垣や赤瓦の民家といった昔ながらの風景を楽しんだ。伝統芸能や料理などの分野で一芸に秀でた「名物島人(しまんちゅ)」と交流する場もあった。観光の閑散期といわれる2月に新たな楽しみ方を見つけた。


築83年の古民家食堂前で。(左から)向井裕美さんと韓国から訪れたパク・イエスールさん、シン・ユンジャさん、パク・チョンシルさん、奈良井千依さんが触れ合いを楽しむ=2月6日、うるま市勝連浜の古民家食堂「てぃーらぶい」

パワースポット

 浜比嘉島はさまざまな神が住む島ともいわれ、至る所に「パワースポット」がある。浜比嘉大橋の出入り口にある駐車場から島の山側へ約10分ぐらい歩くと、樹齢100年というガジュマルの枝が目の前に広がった。

 真鶴さんは「神様はガジュマルの気根を伝って降りてくる。心がピュアな人であれば、キジムナーが見える」と説明。ツアーには、東京都出身の奈良井千依さん(37)と北海道出身の向井裕美さん(33)が参加していた。2人はキジムナーを探したと言い、みんなの笑いを誘った。


キジムナーがいそうな大きなガジュマル

 ガジュマルのすぐ下に「東(あがり)の御嶽(うたき)(シヌグ堂)」がある。戦に敗れた南山の「平良忠臣」とその一味7~8人が浜に渡って身を隠した場所といわれる。敵の襲来を阻むため海がしけるように祈願するなど、他の地方では見られない行事も伝わっている。


サンゴの石垣が残る集落

うるま市の特産品であるモズクの種付け場

昔ながらの風景


 人口約400人の浜比嘉島は昔、農業や漁業で自立し、最盛期には米やメロンも栽培されていた。島内は車が通れない路地が分散しており、ゆったりとした散歩に最適だ。路地の両サイドに防風林のフクギが並び、琉球石灰岩で積みあげた石垣が民家の周囲を守る。

 集落を散策した後、少しおなかがすいてきた。最後に案内された場所は地元食堂の「丸吉食品」。島特産品のモズクを練り込んだ熱々のコロッケは、店の看板メニューだ。


ツアー最大の目玉は「島人交流」。食堂を営む新里吉子さん(左から2人目)の料理と会話を楽しむ=「丸吉食品」

 名物島人になっている食堂オーナー、新里吉子さん(66)が一行を温かく出迎えてくれた。自宅の一部を改造したアットホームな店内へ案内し、次から次へと食べ物を出す「カメーカメー攻撃」ですぐにみんなをもてなした。モズクコロッケに加え、カニモズク天ぷらやエビモズク天ぷらなどグルメがずらりとテーブルに並んだ。寒い風の日だったが、集落を散策した参加者は元気をもらった。

 都会の忙しさを忘れ、生活リズムを緩めたい時、ゆったりと島を散策したい。

文・呉俐君
写真・具志堅千恵子

 



~ なかゆくい ~ 年中無休で切り盛り 「丸吉食品」の新里さん

 


丸吉食品の新里吉子さん

 約10年前に「丸吉食品」を開いた新里吉子さん。元気の秘訣(ひけつ)は「仕事をすること」だ。体を動かすのが好きな新里さんにとって、仕事は苦にならないという。

 店で提供する商品の一部は、漁師(ウミンチュ)の夫が捕ってきた新鮮な魚を素材にしている。最近は日本人客だけでなく、外国人観光客にも人気だ。毎日忙しくて、特に夏は「ご飯を食べる暇もない」というぐらい働く。外国人観光客の増加とともに、メニューも中国語や英語など多言語で対応している。

 イベントへの出店などを除き、店は年中無休だ。新里さんは「せっかく来た人にがっかりさせたくない。あちこーこーで食べさせたい」と温かい笑顔で語る。

 具志堅用高さんや土屋アンナさんら著名人も相次いで店舗を訪れるという。最近では国内航空会社の取材も受けるほどだ。新里さんは「これからも元気いっぱいで頑張っていく」と笑顔を見せた。



浜比嘉島の浜集落巡り

― てくてくガイド ―

 うるま市観光物産協会は、浜比嘉島を回るガイドツアープラン「浜比嘉じかん~集落散策と島人交流~」を通年案内している。集落散策は約1時間半で、地元住民と交流する「島人交流」は約30分。1コースにつき島の人1人が案内してくれる。申し込み、問い合わせは(電話)098(978)0077。

 



(2017年3月14日 琉球新報掲載)



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