いつの間にか、成長している やんばるからの手紙(34)

  • 北部
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春の日差しがきらきらしています

 村上春樹の新刊を、日々の合間を縫って読み進めている。1歳児が「おっぱい!」と言おうものなら、「しめた」と心の声。ささっとソファに移動して、どこまでもラクな姿勢で「騎士団長殺し」の続きにスライド。「唯一、授乳中が読書の時間なのよー」という友人が他にもいるように、絶賛子育て中の、「村上主義者」の母たちは、さながら分刻みのスケジュールでページをめくっているに違いない。

 おおむねそうであるように、私も1人目が産まれて間もない頃は、それなりに神経を研ぎ澄ませていた。例えば授乳中に本を読むなんて、当時は考えも及ばないほど「とんでもないこと」だった。母たるもの一挙手一投足、腕の中の子に注ぐことが第一であって、片手間におっぱいをあげるなんて有り得ない。

 それが2人、そして3人目ともなるとどうだろう。思い起こせば2人目のとき、あまりに延長する授乳時間にしびれを切らした私は、とうとうそばにあった1冊の雑誌に手を伸ばした。それはまるで、イブが禁断のリンゴの実を口にしてしまったような、いちるの罪悪感を覚えた出来事だったが、以来、聖母の結界は雲霧ちりぢりに、「時間の有効利用」という名目で効率重視の道をたどっている。かといって、子どもに目立った影響は今のところないように思うけれど、それはもうちょっと大きくなってみないと何とも言えない。

 1人目、2人目、3人目。どの子も顔や性格が違えど、親は一緒である。そして、どれほど彼らを知っているかといえば、「大方知っている」と思っていても、子が成長するうちに「あれ?」と思わず振り向いてしまうことがある。その節目はだいたい9歳から12歳に訪れることが多いらしく、教育用語では「9歳の壁」とも呼ばれる。

 先日、飲みの席で人から小学校に行っていないことを息子があれやこれや言われ、あげく「バレンタインのチョコをもらえなかったのは、学校に行かないからだよ」と宣言されていた。そばで聞いていたわたしは内心ハラハラ。いらぬ劣等感を持ちやしないかとヒヤヒヤしながら会話に聞き耳を立てていた。帰り道、「大丈夫?」と声を掛けると、「ああ、あれね。全く気にならない。世の中にはいろんなことを言う人がいるんだよ、お母さん」と、逆にこっちが諭された。いつの間にか知らずのうちに、子は巣立ちの準備をしているのである。

(元フードコーディネーター)
(2017年3月14日 琉球新報掲載)



根本きこさん

根本きこ(ねもと・きこ)

  1974年生まれ。2003年逗子市に「coya」を開業。カフェブームの先駆けに。東日本大震災を機に2011年3月閉店し、沖縄県東村に夫と子ども2人で移住。現在は名護市に暮らす。2013年4月から琉球新報でコラム「やんばるからの手紙」を好評連載中。雑誌にエッセーを連載、著書「島りょうり 島くらし」「おとな時間」など多数ある。




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