受け継がれる母の味 クーブとセーイカの煮込み

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 県内各地で清明祭が行われる4月。スーパーには、供え物用の清明祭商品が並ぶが、宜野湾市大謝名の宮里幸子さん(65)は、総勢40人分の重箱を毎年1人で作っている。中でも「クーブ(昆布)とセーイカ(ソデイカ)の煮込み」は、宮里家の重箱には欠かせない一品だ。


くたくたに柔らかくなるまで煮込む。おいしそうなにおいが蒸気となって周りを包む。「特別な日にしか作らない」と笑顔で話す宮里さんにしか出せない味が生まれる=14日、宜野湾市大謝名

 営業の仕事で知り合った北海道の知人が、定期的に送ってくれる昆布を生かそうと考案した。「こんなして食べたらおいしいはずねって思って、沖縄のイカと合わせてみた。毎年、子どもや孫、親戚から重箱に入れてほしいっていうリクエストがある」と笑う。

 宮里さんが鍋のふたを開けると、湯気と煮汁の香りがふわりと舞った。だしとしょうゆ、酒で3時間煮込んだクーブはくたっ、セーイカはぷっくりとしている。「いただきます」。口の中でクーブがとろけた。セーイカは驚くほど柔らかい。「おいしい」という言葉と具を交互にかみしめた。


 宮里さんは1951年、北中城村安谷屋に10人きょうだいの8番目として生まれた。家族は両親に祖父母の14人。母の棚原ヤスさんは、大家族の食事作りを一手に担った。

 母の手料理で一番印象に残っているのは、中学の頃によく食べたかつおだしのそうめん汁。「母が丁寧にかつおだしを取っていたのをよく覚えている。本当においしかった」。ヤスさんはチキナー葉を刻んでちょんと載せ、見た目にもこだわった。

 宮里さんも、子や孫からせがまれる献立を何品も持つほどの料理上手だが「母が元気な頃は、作って食べさせる度に『まだてぃーあんだが足りないねぇ』と言われたよ」と懐かしむ。


 高校卒業後、大阪で電話交換手の学校に通いながら、大阪万博で観光バスガイドとして働いた。府内だけではなく、秋田行きの観光バスにも乗車した。

 4年を過ごした関西の思い出の味は、かつおだしに卵を割り入れた「玉水」。下宿先で熱を出した時、寮母が作ってくれた。「大阪の人たちには、本当に親身になってもらった。おかげで困っている人を見ると、私もほっとけなくなった」と笑う。

 煮込みを作り終えた宮里さんが、冷蔵庫から食品保存容器を取り出した。一般家庭ではまず見ることのない特大サイズ。中にはキロ買いしたモズクが入っていた。たれは宮里さん手製で、飲み干せるほどまろやかな味がした。「2年前まで全国の物産展でモズクを販売してたわけ。会社の看板娘だったのよー」と笑う。


(下から時計回りに)クーブとセーイカの煮込み、新たまねぎとひじきを使ったサラダ、オリジナルモズク酢、モズクスープ

 水産加工業「イトサン」(糸満市)では営業・販売を担当し、銀座のアンテナショップなどで県産モズクの魅力を伝えた。全国各地の顧客とは、今でも連絡を取り合う。沖縄観光で訪れた顧客を自宅に泊めることもあり、東北大震災と熊本地震発生時は、一軒一軒電話をして無事を確かめた。

 自他共に認める世話好き。「私ね、人が好きなの。大阪で受けた恩を、きっと今みんなに返しているんだと思う」。キャリアウーマンでもあった「肝っ玉母さん」がからからと笑った。

文・新垣梨沙
写真・具志堅千恵子



セーイカ

 セーイカ(ソデイカ)の漁期は11月から6月。大きい個体では25キロになるほどで歯ごたえがあり、疲労回復に効くといわれるタウリンを豊富に含む。一度冷凍すると甘みが増すという。

 県内では、糸満漁協がセーイカの加工場を持ち、漁獲量日本一を誇る。

 近年、全国的にイカが不漁で、セーイカの市場価格は2~3割高値の1100円台を推移している。




(2017年4月25日 琉球新報掲載)



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