口当たり良く食欲誘う モズク入りマーボー豆腐

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 日本の養殖モズク生産量の90%以上を誇る沖縄。その中でも、うるま市の勝連半島近海は一大産地として知られる。


マーボー豆腐の完成を笑顔で知らせる平識説子さん。この日は遊びに来ていたひ孫たちに合わせて辛さ控えめの味付け=うるま市勝連比嘉

 「今年の夏は暑い」があいさつ代わりのようになってきた8月。勝連半島と近隣の離島をつなぐ人気のドライブスポット「海中道路」を通り、モズク料理が上手だという浜比嘉島の平識説子さん(81)を訪ねた。

 モズク料理といえば定番は酢の物だが、平識さんが披露してくれた“十八番”はマーボー豆腐だ。絹ごしではなく「形が崩れなくて味もいい」と島豆腐を使い、かつおのだし汁も加える。さながら「ウチナー風マーボー豆腐」といったところか。

 この日使ったのは、勝連漁業協同組合が販売する「早摘みモズク」。生モズクの収穫期3~6月のうち、旬の初めに収穫した早摘みモズクは太くてしゃきっとした食感が特徴だ。

 同漁協に勤めて20年の三女・宮城敦子さんは「勝連のモズクはみんなおいしいけど、中でも早摘みは一番」と太鼓判を押す。横で調理していた平識さんは「モズクを加えたらあまり煮ないこと。溶けて歯ごたえがなくなるから」とコツを語った。

 玉ネギやシイタケも粗めのみじん切りが平識さん流で、熱々のうちに白飯にのっければ、それぞれの食感が口の中で絡み合うマーボー丼の完成だ。モズクのぬるぬるも、口当たりをまろやかに“演出”。容赦ない日差しが食欲を奪う夏にもってこいだ。

 「昔はモズクは食べるものと思っていなかったよ」と平識さん。沖縄でモズクの養殖業が定着したのは昭和50年代で、平識さんもその頃から「体にいい」と聞いてレシピに加えた。今ではみそ汁、ヒラヤーチー、冷やしそうめん、カレーの添え物にと、大活躍の存在だ。


モズク入りマーボー豆腐は白飯の上にのっけて食べるのが平識家の定番。奥左はモズク入り中華イカのあえ物。右はデザートのホットケーキ

 平識さんは浜比嘉島から約3キロの沖合にある今は無人島の浮原島の出身。島に小学校がなく、浜比嘉島の親戚の家に身を寄せて学校へ通った。1944年の「10・10空襲」では登校途中、編隊を組んで頭上を低空飛行してくる米軍機を見て「日本軍の飛行機だと思って『バイバイ』と大きく手を振った。あの光景は忘れられない」という。

 戦後、20歳で三つ上の船大工、清繁(せいはん)さんと結婚。商店を30年ほど営み、84年から14年間は島の比嘉小学校で用務員を務めた。97年に浜比嘉大橋が開通した直後から2年間ほど営業したパーラーでの人気メニューは、モズク天ぷらをのっけた沖縄そばだったという。


 孫13人にひ孫が15人。一族の集合写真は圧巻だ。平識さん夫婦の6人の子どもたちが交代制で「年間行事の幹事」を務める結束力の強さで、特に忘年会はビッグイベントという。「中学のときは陸上に熱中して中頭地区代表にもなったよ。バレーボールもやった。今は脚が悪くなってしまったけど」と説子さん。いやいや、肌のハリ、髪のコシ、とても81歳には見えない若々しさだ。きっとモズクパワーのおかげに違いない。

文・大城周子
写真・中川大祐



モズク


 沖縄では昔からモズクを三杯酢で食べていたため、方言で「スヌイ」(酢のり)と呼ばれる。

 モズクの食物繊維には、ぬめり成分「フコイダン」が豊富に含まれており、胃の働きをよくしたり免疫力を高めたりする効果があるといわれている。

 毎年4月の第3日曜日は「モズクの日」で、各地でイベントが開かれる。




(2017年8月22日 琉球新報掲載)



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