〝数百億〟を動かしてきた投資家が 沖縄の潜在力に期待する理由 ~白石智哉さんに聞く〈下〉


社会
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〝数百億〟の資金を動かしてきた投資家・白石智哉さん(54)。新興企業から成熟段階まで数多くの企業や起業家を支援・育成する投資家として国内外で実績をあげ、大きなものでは数千億円の企業買収にも携わってきた。2012年には社会課題の解決を目指す新しい投資の仕組み「ベンチャーフィランソロピー(VP)」を日本に導入するなど約30余年、一貫して〝ビジネスとマネー〟に関わってきた彼が、「沖縄の潜在力に期待している」という。その理由とは―。

◇聞き手・佐藤ひろこ(琉球新報Style編集部)

投資家として沖縄の潜在力に期待しているという白石智哉さん=2017年12月、那覇市の琉球新報社

沖縄の潜在力は「文化」「多様性」「オープンマインド」

沖縄は個人的に大好きな場所で、年に何回も旅行で来ています。仕事で沖縄に関わることはあまりなかったのですが、株式会社レキサスの比屋根隆さんと出会い、9年間続いている次世代リーダー育成プロジェクト「Ryukyufogs(リュウキュウフロッグス)」のことを知り、2017年12月に開かれた成果発表会「LEAP DAY」に招かれて参加しました。

Ryukyufrogs および LEAPDAYの詳しい情報はこちら(https://www.ryukyu-frogs.com/)

沖縄の人材育成プログラムRyukyufrogsの成果発表イベントLEAP DAYのスペシャルゲストとして登壇した白石智哉さん(左から2人目)

起業家が集まり、自らのサービスを発信するLEAPDAYのようなイベントを沖縄で行う意義をすごく感じました。沖縄発のアントレプレナー(起業家)がもっと出てきていい。

沖縄の潜在力の一つは、文化を大事にしていることだと思います。そんな土壌で育った子どもたちが外に目を向けることで、もっと人材が育ちます。多様性がありオープンな雰囲気があるなど環境にも恵まれている。(経済的な問題はあっても)クオリティー・オブ・ライフは決して低くない。補助金、基地関係、観光で経済が成り立っているとも聞きますが、人材が育てば観光以外のさまざまな事業が沖縄発で出てくると思う。なぜかというと、経済活動や消費行動が「モノ」から「コト」に移っているからです。そうすると、どこでモノを作るかという立地よりも、いかにコトを起こせるかがビジネスの鍵になる。それを加速させているのがIT技術です。

起業家を支える「エコシステム」が鍵に

グーグルみたいな会社が沖縄から出てきてもおかしくない。なぜ今までなかったかというと、そういう人たちを沖縄で育ててこなかったからです。どちらかというと都会に出て行って収入を得るか、既存の沖縄の経済の仕組みの中で安定を求める、という考え方が多かったからでしょう。でも今後、外に目を向けて世界を知る子の中から「沖縄で起業したい」という子たちがきっと出てくる。

そこで必要になるのが起業家を支えるエコシステムです。つまりグーグルのような企業が育つシリコンバレーのような土壌のことです。新しい事業を起こし、育てていくという動きに、お金もついてくることが大切なのです。その環境があったからシリコンバレーは若手起業家や投資家が集まる場所になった。それを沖縄でつくればいい。沖縄には金融機関もメディアもあり産業を支える仕組みはフルセットそろっていて、すごく恵まれています。いい循環をつくれば県外やアジアからも「沖縄で起業したい」という人がもっと増えてくるんじゃないでしょうか。

社会課題が多い=未来を考える先進地

沖縄は島しょ県なので、他県よりも色んなことが完結している地域です。そして日本の課題の縮小版が沖縄だと思います。経済格差の問題、新しい企業がなかなか興らないこと、待機児童問題、子どもたちの貧困など、全国が抱える社会課題がぎゅっと圧縮したバージョンである。だから沖縄で色んなトライアルをして課題解決のプロトタイプをつくれば全国に波及できるわけです。フルセットそろっているというのは課題も含めてのことです。

「社会課題が多い」ということは、「あるべき社会の姿をみんなで考えることができる」ということだと思います。将来の社会の状態を考える先進地でもあるのです。僕は沖縄の人がうらやましい。ポテンシャルがあって自分のルーツもあって、何て素晴らしいんだろうと思います。

目の前の課題を解決しようとするのはもちろん大事なことですけど、あるべき社会の姿を行政やメディア、銀行、民間企業など、色んな人たちが一緒になって考え、それに向かって役割を決めていくことが大切だと思います。その中でお金も大事です。そこでベンチャーフィランソロピーやインパクト投資という、中長期的な成果を大事にする投資がぴったりくると思うのです。

ベンチャーフィランソロピーについては、インタビュー(上)を参照
 

ビジョンがあるかどうか

僕が海外で出会った一流の投資家たちが必ず経営者に質問するのは、「What is your mission?」でした。ビジネスモデルや儲け方を理解した上で、「あなたの使命は何ですか?」「何でこの会社をつくったんですか?」「この会社を通じて何をしたいのですか?」が問われる。そのときに「幾ら儲けたい」なんていうのはアウトです。「こんな社会にしたい」というビジョンがあるかどうかが大切なんです。

一方で、イノベーターというのはいい意味で変わっている人やとんがっている人も多い。だから突破力もあるわけですが、やはり内紛が起きたりプロダクトが世に出なかったりなんてこともある。そこを支えていくのが僕たち投資家の役割です。

だからこそ、こちらの人間性もすごく問われます。経営者が自ら抱える深刻な課題を話してくれる存在になれるかどうか。聞き役になり、それを整理して、経営者自身が「こうしよう」と思えるまで話を聴き続けなきゃいけない。話を聴いていると自分でもできるように誤解する投資家は多いんですが、批評するのと実行するのは雲泥の差があります。実行する経営者を尊重しつつ、彼らの肚が本当に決まるまで、話を聴き客観的なアドバイスを継続することが私たちの役割だと思います。

社会事業と支援を継続させるには

世の中には1年2年では成果が見えにくい課題もたくさんあります。特に教育や子育ての問題などは、「次の世代の社会がどうなっているか」という〝社会の状態〟なので成果も見えにくい。「将来はこんな社会にしたい」と長期的な目標があっても、目の前の仕事を続けたり寄付などの支援を続けたりするのは難しいことです。

事業に対する支援を継続させるために、大切なことが2つあります。1つは時間軸を明確にすること。長期・中期・短期的に具体的にやるべきことをロードマップにしていくことです。もう一つは、投資家に対する報告会や報告書のように、毎年の成果を能動的に発信していくことです。「がんばっています」ではなく、「今年はこんな成果が出ました」と〝見える化〟していくことが大切です。善意だけでは支援は続きません。

人材育成イベントLEAP DAYで沖縄やRyukyufrogsへの期待について語った白石智哉さん=2017年12月西原町のさわふじ未来ホール

苦しい経験が自分の糧になる

沖縄はポテンシャルがとても高い一方、非正規雇用も多く、離婚率も高いなど、子どもたちを取り巻く環境は厳しいと聞きます。自身の話になりますが、僕が学生のころに父親がアルコール依存症になりました。本当に長い間苦労する母親の姿を目の当たりにし、「もうお母さんは楽になってもいいのでは」と両親に話しました。結局父母は離婚することとなり、「あとは僕に任せて」と家を出て行く母を見送った夜のことは今でも忘れられません。

とはいえ、親戚からも敬遠されていて僕には頼れる人もいなかったので、自分で父の存在を背負い込むしかなかった。母のためだと自分に言い聞かせていました。親子の関係は切りたくても切れるものではありません。父の保証人にならなければいけないこともありました。就職してからも、電話が鳴るたびに「またお金が必要だと言われるんじゃないか」「また病院からの呼び出しじゃないか」とビクビクしていました。同年代の他の人たちをうらやましいと思ったことは何度もあります。生きれば生きるほど背負うものが増えて、生きていくのは何てしんどいんだろうと思っていました。でも今思うとその時に、自分は何を勉強したいのか、なぜ学校に行くのか、何を仕事にしたいのか、深く考えたように思います。

僕なんかよりも苦しい境遇の子たちはたくさんいます。しんどいだろうけど、親のこともひっくるめて「これも自分だ」「では自分が何をやりたいのか」と考える時期が人には必要だと思います。うまく言えませんが、今になって亡くなった両親を思い出すとき、僕が小さい頃に二人が一所懸命僕を産んで育ててくれた情景しか思い出せないのです。今の僕よりもずっと若く一生懸命だった二人を愛おしくすら思います。辛いこともたくさんありましたが、それもひっくるめて今の自分があると思っています。

〝一人〟が変われば社会が変わる

Ryukyufrogs(リュウキュウ・フロッグス)にはすごく期待しています。全国に起業家コンテストは結構あります。ただ、ビジネスにつなげることが目的のコンテストとフロッグスは似て非なるものです。フロッグスは起業が目的ではなく、「社会のために、自分は何をすべきか」を意識し経験させることが目的だからです。松下幸之助を含め有名な起業家はみんな「社会のため」という〝核心〟があります。つまり家族や地域といった自分の周りを良くすれば、やがて社会や世界が変わっていくという考え方です。ビジネスはその手段の一つというだけなのです。

そんな〝核心〟を持った子どもたちに、いろんな分野で活躍してほしいというのがフロッグスの目的ですよね。そんな子が一人育てば、周りに3人4人と影響を与えていきます。いわゆる「レバレッジ効果=テコの原理」です。一人が変われば絶対に周りが変わります。例えば厳しい境遇の子たちも、そんな人に出会えば影響を受けて変わっていくはずです。

大人への影響も大きい。フロッグス生の発表を聞いていると、自身の仕事を振り返らざるを得ません。僕も「やばいなぁ、この子たちに負けちゃっているなぁ」と思いました。「社会的インパクト」の観点では、フロッグスの受益者は一義的にはプログラムに参加する子どもたちですが、協賛企業や地域の大人、メンター自身でさえ多大な影響を受けていると思います。関わる人が全て受益者と言えます。

フロッグスの今後の可能性は2つあると思います。一つは、国内外で頑張る社会起業家を一堂に集めたイベントを開催できるんじゃないかということです。もう一つは、フロッグスのモデルを進化させて、地域ごとに「○○フロッグス」をつくることもできる。地域コミュニティーの中で若い人材を育成しながら、大人も地域の役割や自らの仕事を見つめ直す機会をつくっていく仕組みです。国内にとどまらず「上海フロッグス」「台北フロッグス」もできれば楽しいですね。

白石 智哉(しらいし・ともや/フロネシス・パートナーズ株式会社 代表取締役 CEO/CIO)

1980年代から一貫してプライベート・エクイティ投資に従事。企業の潜在力を引き出し持続的な成長をはかる「成長型投資」を基本戦略として、日・米・アジアにおいて豊富な投資実績をもつ。(株)ジャフコで事業投資本部長を務めたのち、2009年まで欧州系投資会社ペルミラ (Permira)の日本代表を務めた。東日本大震災以降、被災地企業への財務・経営支援を行い、2012年に日本初の本格的ベンチャー・フィランソロピー組織であるソーシャル・インベストメント・パートナーズ (SIP)を設立、社会事業の育成支援を行う。2014年より中小企業向け投資育成会社フロネシス・パートナーズの代表取締役を務める。

SIPと日本財団が共同運営する日本ベンチャー・フィランソロピー基金 (JVPF)の選定委員。G8インパクト投資タスクフォース国内諮問委員。放課後NPOアフタースクール理事。1986年一橋大学法学部卒。