これからも2人で自分らしく 子どもに学んだ〝いのち〟のこと Kiroro20周年インタビュー(下)

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メジャーデビュー20周年を迎えたKiroro(キロロ)の玉城千春と金城綾乃。インタビュー後半は、平和や命、子育て、親としての思いなどを語ってもらった。

聞き手・金城実倫
写真・上原修

 


「ゆっくりと自分たちらしく音楽活動に励みたい」と語るKiroroの玉城千春(左)と金城綾乃=宜野湾市内

―2015年の戦後70年の時、HYの仲宗根泉と3人で「さんご」というユニットを組んだ。


玉城千春

これまで戦争をテーマにした歌を作ったことはなかった。栄昇にぃにぃ(BEGINの比嘉栄昇)が「子どもの泣き声を聞くことができるのは幸せなことだよ」と話してくれた。赤ちゃんが泣くと親はあたふたして戸惑うことがある。でも戦争中、ガマ(壕)の中では子どもは泣くことさえも許されなかった。子育てをして泣き声を聞くことができる幸せを、「いのちのリレー」を「さんご」として製作した時に感じた。
 


金城綾乃

「いのちのリレー」を通じて、子どもの表情一瞬一瞬を見ると平和は本当に大切だなと感じる。


―2004年からJICAと協力してキルギスの子どもたちに楽器を贈る活動をしている。
 


玉城

キルギスに初めて行った時、子どもたちの表情に感動した。とても純粋で学ぼうとする思いが強くて、何よりもたくましく生きる力を感じた。
 


金城

13年前からJICAの職員の方が子どもたちに「未来へ」を教えていて、歌い継いでくれている。現地の人たちの「未来へ」に対する思いがとても伝わった。歌は、言葉や民族の壁を乗り越え、心を一つにするものだと実感した。
 


―このほど13年ぶりにアルバム「アイハベル」を製作した。
 


玉城

2年前、綾(金城)が「ブランコ」「ヒカリ」という歌を作った。とてもいい曲だと感動した。私も20周年に向けて作らなきゃと思い、「Let’s Go Together」や「ずっとこれからも」などを作った。


―東日本大震災の復興支援のために作られた「花は咲く」をカバーしている。
 


金城

いつも、私たちができることは何かなと思いながらコンサートを開いていて、最後に「花は咲く」を歌っている。
 


玉城

日本や世界中で自然災害が起きている中で、力を合わせて支え合って、励まし合って生きていけたらいいなという思い、“忘れない”というメッセ-ジを込めて歌っている。


―現在2人とも家族と沖縄に住んでいる。
 


玉城

沖縄はとてもいい所。古里だし、たくさんの家族や親戚と一緒に絆を深め合って暮らすのに、一番の所だと思う。


金城

沖縄はリラックスできる。自分がリラックスしていると、子どもも同じようにリラックスして生活してくれる。私は沖縄で子育てして良かったと思っている。


―音楽活動と子育ての両立は難しいと感じるか。
 


玉城

不器用なので切り替えることが難しい。沖縄にいる時は“お母さん”だけど、世の中に出るとやっぱり“Kiroro”という名前が大きい。求められているKiroroとしての自分と家族としての自分に戸惑うこともある(笑)。だから自分たちのペースで皆さんに心の届く音楽ができたらと思う。


―次の20年に向けてどのように活動していくか。
 


玉城

急がず自分たちができる範囲で活動していきたい。


金城

仕事のありがたさも感じつつ、子育てもあるのでゆっくりと2人で活動したい。


◇   ◇


13年ぶりのオリジナルアルバム「アイハベル」(ビクターエンタテインメント)は全12曲。税抜き3000円。

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