今昔の個性ひしめき合う カメラとお出かけ ほろほろ街(マーチ)vol.12 浮島通り(那覇市)と周辺

  • 南部
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アーケードが連なる「サンライズなは商店街」から国際通りに抜ける約500メートルの道が「浮島通り」だ。

観光客らが闊歩(かっぽ)する国際通りにほど近い通りには、昭和の香り漂う老舗店と、若者が通うおしゃれショップが軒を連ねている。

店も人も個性的な浮島通りを、記者がほろほろ(ぶらぶら)した。

 



中学時代、古着を求めて路線バスで浮島通りへ通ったれいちゃん記者(34)。奇抜な古着を身に着けた娘を見て、親は眉をひそめていたな…と甘酸っぱい思い出に浸りながら街歩きスタート。

向かったのは店先にあらゆる種類の豆が並ぶ「我部商店」。まずは浮島通りの歴史を知ろうと、店主で同通り会会長の我部嘉宏さん(66)を訪ねた。


国内外の豆がずらりと並ぶ我部商店。我部嘉宏さんと美佐子さん夫婦が切り盛り

我部商店の創業は1950年頃。我部さんの母が店をおこし、奄美や台湾出身者をつてに豆を輸入して販売した。戦後の食糧が豊富ではない時代に豆は飛ぶように売れたとか。

33歳で店を継ぎ、浮島通りの移り変わりを見てきた我部さんに「浮島通りを一言で表すと?」と尋ねると「新旧混在の街」と答えが返ってきた。

我部さんによると、浮島通りはかつて「千歳通り」と呼ばれていたという。現在の浮島通りと新天地市場通りが交わるあたりに架かっていた千歳橋が由来だ。その後、通りに浮島ホテルが建設されたことから、浮島通りの名が定着したそうだ。

「私の話を聞くよりも、先輩方の話を聞く方が勉強になるよ。来てごらん」と、我部さんに連れられ、通りの今昔を知る長老たちの店を突撃訪問することになった。


に触れ

 


「この人、浮島通りについて知りたいって」。突然の依頼に快く応えてくれたのは布生地を販売する「洲鎌商店」 2 の洲鎌武夫さん(79)。


「昔は対面通行だったさ」と浮島通りの歴史を語る洲鎌武夫さん。店内には昭和レトロな反物が積まれている

店内には昭和レトロな柄の反物が積まれている。

洲鎌さんは「戦後、今の浮島通りには生地屋がずらりと並んでいた」と振り返る。

店裏に位置する新天地市場には戦後、戦争で夫を亡くした女性らが集まり、生地屋で購入した布で服を仕立てて生計を立てたという。

「僕らは戦後の沖縄を縫製で支えたわけさ」。戦後史を彩る人々の話は力強い。

続いて、創業52年の「富川金物店」 3 ではえびす顔の店主・富川安盛さん(86)が迎えてくれた。

「昭和の頃、通りには金物店など専門店が軒を連ねていた。古い店はだいぶ減ったね」と富川さん。


仲良しの富川さん夫婦。ずらりと並ぶ包丁の前で笑顔の2人

昭和から平成に元号が変わった時、「平成通り」に通り名を変えようという話も出ていたが霧散したという。

通りの歴史を語りつつ、創業50周年記念に子や孫からもらったランの鉢植えを自慢する富川さんに和んだ。


甘~琉球菓

 


仕事の合間を縫って街歩きに付き合ってくれた我部さんと別れ、ここからは一人でほろほろ。「創業1935年 菓子」の看板に誘われ、「南島製菓」 4 へ。


南島製菓看板商品のこんぺんは、娘の瑚雪ちゃんの顔ほどの大きさ。かるかんやレモンケーキも美味

「うぐいすどら焼、栗まんじゅうも捨てがたい…」とショーケースを眺め品定めしていると、4代目店主の村吉政人さん(39)が「看板商品はこんぺん。戦前からの製法を守り抜いています」と勧めてくれた。

戦後に主流となったピーナッツを使わず、ごまや黒糖の風味を生かしているという。かぶりつくと、優しい甘さで滋味深く、しみじみおいしい。

村吉さんは「実は店の一番の看板は店頭に立つ妻です。人柄の良さでお客さんも増えました」と話す。その横で妻の真由美さん(41)は顔を赤らめる。こんぺん以上に、甘~い。


かわいい止まらな

 


夫婦愛に感動しつつ、南島製菓を出て国際通り方向に進むとコンクリート壁にピンクの花と「MIMURI」 5 という文字が描かれていた。

記者のセンサーがピピピと反応。入店すると、石垣島出身のテキスタイルデザイナーMIMURIさんが「沖縄を持ち歩く」をテーマに手がける色鮮やかな雑貨が所狭しと並ぶ。


カラフルな雑貨が並ぶMIMURIで買い物を楽しむ観光客たち

「どこを見たってかわいい」と一人興奮していると、背後からも「かわいい!」の声が。観光客の山田麻子さん(28)と飯田麻加さん(29)は「沖縄に来たら必ず立ち寄る。ここにしかないデザインが魅力」「かわいいし、かっこいい」と熱弁。「かわいいが止まらない!」と意気投合したのだった。

浮島通りで「かわいい」といえば、忘れちゃならないのが「琉球ぴらす」 6 だ。


れいちゃん記者に「じーまーみーじいさん」Tシャツを勧める「琉球ぴらす」の玉寄江理奈さん

2008年に開店し、アーティストとコラボレーションした沖縄Tシャツや雑貨を販売している。ことし2月に以前の店舗から「約60歩先」に移転した。

翁長麻貴子店長は「どこかに必ず沖縄が入っているデザインが特徴」と話し、紅型でチェ・ゲバラ(?!)を描いた個性的なTシャツを紹介してくれた。刺激的だ。

記者は画家の宜保朝子さんが描く「じーまーみーじいさん」Tシャツに心奪われて購入した。


ちょい裏手

 


ショッピングを楽しみ、さて帰ろうかしらとぶらついていると、浮島通りから牧志公設市場へと抜ける裏道に「しぶパン」 7 ののぼりを見つけた。

「苦そうな店名だ…」と気になり入店すると、甘いパンの香りに包まれた。店頭に立つ三浦志文さん(38)が「しぶちゃんという私のあだ名が店名の由来」と教えてくれた。


自慢の天然酵母パンを手ににっこり笑顔の三浦雄一郎さん(中央)、志文さん(左)、銀剛ちゃん親子

志文さんの好きなパンを夫の雄一郎さん(49)が心を込めて焼いている。夫婦愛、再び。

添加物を使わずシンプルな素材で作るパンは軟らかく味わい深い。卵や乳製品を使用していないパンも多いので食物アレルギーのある人も足を運ぶという。

街歩きをして腹ぺこのれいちゃん記者は、食パンやメロンパンなどを購入。看板息子の銀剛ちゃん(4)が「また来てね」と元気いっぱいに送り出してくれた。

通りに人あり、歴史あり。これからも続く人々の営みと歴史に思いをはせつつ、山ほどのパンを手に帰途についた。




MIMURI未発売のカラフルねこちゃんズ。新商品として店頭に並ぶ日も近い…かも

食べやすいサイズのミニこんぺんもおすすめの一品だ=南島製菓

「生活の中に沖縄を感じていたい」をコンセプトにしたユニークなTシャツが並ぶ「琉球ぴらす」の店内




(2018年5月6日 琉球新報掲載)



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