沖縄発 アジアの空の安全守る若き航空整備士の卵たち


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県出身の若者たちが活躍

MRO Japanの新卒採用1期生、2期生として活躍している県出身の若者たち。仕事に懸ける思いは熱い=那覇空港内の航空整備施設 撮影・村山 望

ことし1月、那覇空港内の航空整備施設で本格的に事業を開始したMRO Japan(エムアールオー・ジャパン)株式会社。航空機の整備や修理、点検を専門とする企業だ。この会社で、現在、整備士を目指す県出身の若者たち67人が活躍しているのをご存じだろうか。現場の業務をこなしつつ、難関とされる国家資格取得を目指して日々研鑽を重ねる県出身者6人に話を聞いた。

小野恵実里さん(左)、大城秋輝さん(右)

「最初は何も分からない状態からのスタートだった。入社後、必死で勉強した」。MROJapanの新卒採用1期生として入社し、ことしで3年目を迎える照屋寛季さん(21)=美里工業高校卒=はこう話す。

航空機整備は専門性が高く、業務にあたっては膨大な知識と技術の習得を求められる。入社後、まずは5カ月みっちりと研修の期間が用意され、その後、各部署に配置されるという。

機体の仕組みを理解するためには、航空力学や電気力学など、理系教科の知識が必須となる。1期生の志喜屋匠吾さん(26)=琉球大学工学部卒=は、「大学の工学部で学んでいたことが役に立った」と振り返る。

ただし、工業系学科の出身者でなくとも、熱意があれば入社は可能だ。2期生の大城秋輝(20)さんは、糸満高校普通科の卒業生。「工学に関する勉強はしていなかったので、初めて見る工具などもたくさんあった」。入社後の努力で、普通科出身のハンディをカバーした。

沖縄の地の利を生かす

志喜屋匠吾さん(左)、神谷隼孝さん(右)

航空機整備事業は、全世界で8兆円を超え、アジア地域では年率7㌫前後の成長が見込まれている巨大市場だ。

MRO Japanは、日本で初めて同事業に本格参入する企業として、平成27(2015)年6月に設立された。大阪の伊丹空港に隣接する格納庫で事業を開始したが、今後ますます増大が予想されるアジアの航空需要を見込み、沖縄に移転。昨年10月、那覇空港内に航空整備施設が完成し、ことし1月から本格的に運用を開始した。

設立の翌年から、県出身の正社員の採用を開始。平成31年までの3期で67人を新卒採用した。来年度も県内から22人の内定が決まっており、今後も県出身者の採用を拡大していく予定だ。

同社事業推進部の佐々木泰史さんは「沖縄は工学系学科の卒業生が優秀なので積極的に採用を進めている。沖縄の人材は真面目で向学心がある」と評価する。

仕事の責任と誇り

渡久山希さん(左)、照屋寛季さん(右)

今回話を聞いた6人の若者は、整備という世界に触れ、戸惑いながらも与えられたカリキュラムをこなすことで着実にステップアップしてきた。

1期生の小野恵実里さん(23)=沖縄工業高等専門学校卒=は、「機械のメカニズムは分からない部分が多かったが、経験を積むうちに、分かるようになってきた」と入社後の成長を実感する。沖縄高専在学中に学んだ情報メディア工学と航空整備の世界では、同じ用語であっても使い方が違うなど困惑することもあったが、「先輩方が丁寧に教えてくださった」と感謝する。

ハードルが高い分、面白さとやりがいもある。1期生の神谷隼孝(23)さん=沖縄工業高等専門学校卒=は、「客として飛行機に乗っているだけでは見られないところを見られる面白さがある」、2期生の渡久山希(22)さん=パシフィックテクノカレッジ学院卒=は、「大変さはあるが、憧れて入社したので楽しい。一つのミスがたくさんの命を奪ってしまう責任ある仕事だが、それだけ誇りが持てる」と力を込める。

6人は、これから難関とされる航空整備士国家資格に臨む。しかし、資格取得がゴールではない。日々進化する航空機の世界についていくには、その先にも、たゆまぬ努力が必要だ。

「資格を取得しても、日々努力して、先輩からも同期からも信頼される整備士になりたい」(渡久山さん)、「整備はうそがつけない仕事。誠実で正直な整備士になりたい」(志喜屋さん)。一流の整備士を目指して日々奮闘を重ねる6人の目は、熱く輝いている。

(日平勝也)

(2019年3月14日付 週刊レキオ掲載)